『コペルニクス博士』ジョン バンヴィル (著)を読んで。大河ドラマでした。そして、超一級の純文学でした。三島由紀夫好きなら、読んだら気に入ると思います。

しむちょーん、読んだよー。と叫ぶの久しぶり。
『コペルニクス博士』 (新しいイギリスの小説) (日本語) 単行本 – 1992/1
ジョン バンヴィル (著), John Banville (原著), 斎藤 兆史 (翻訳)
Amazon内容紹介
 「死の直前に刊行された『天球の回転について』によって近世の宇宙観に大革命をもたらした地動説の主唱者、コペルニクス。だが果たして彼は真の宇宙像を表し得たのか? アイルランド・ポストモダン文学の旗手が様々な仕掛けをめぐらして描く新感覚の伝記小説は、読者を知的興奮の渦に巻き込む。」

ここから僕の感想。

 ジョン・バンヴィルに関しては、仕事時代の読書家友人と昨年のベストスリーを選ぶ会でも、『海に帰る日』『いにしえの光』どちらを選ぶか、どっちも入れたいというくらいの大傑作。去年知った小説家の中では間違いなくいちばん好き。三島由紀夫を専攻していた大学時代から考えても、三島由紀夫以上に(というか、英語の本は僕は翻訳でしか読めないから、比較するのも変なのだが、)「知的に鋭利でありつつ感覚的な美しい文章を書く人」という作家に初めて出会った、というのが、僕のジョン・バンヴィル評価。

 今、挙げた二冊は、どちらも作者がだいぶ年になってから、「人生終盤の男が、現在と少年時代の回顧を行ったり来たりする」という話だったのだが。

 今回読んだ『コペルニクス博士』は、作者、30歳くらいの作品。ほぼ出世作、といってもいいくらい。この後に、『ケプラーの憂鬱』というのを書く。科学者伝記モノ、というので世に出たらしい。

 といっても、伝記というか歴史小説というか、そこに題材はとっているのだが、「知的に鋭利でありつつ、感覚的で美しい」という文章の特徴は、このときから、そのまま。際立っている。

 そして、おそらくは、人生の初めの記憶の感覚的描写から始まり主人公の死の間際に見るものまでを描く、それは、まるで、『仮面の告白』が、人生の初めの記憶から書き起こされ、『天人五衰』が、唯識哲学を経て、人生最後のに見るものを描き切った、三島の小説の行程を、まるごと一冊に収めたような、そんな大長編ではないのですが、中身のスケールの大きさと重量感は超ヘビー級、そういう小説でした。これを、30歳で書くというのは、ちょっと尋常でない。

 コペルニクスについては、全然なんにも知らなかったので、「学者の退屈な生活をたんたんと描いて、最後に教会に呼び出されて「それでも地球は回る」と言うのかな、いや、それはガリレオ・ガリレイだ。間違えた。」くらいの気持ちで読み始めたら、もう、全然違った。

 15世紀から16世紀の、欧州大陸を股に掛けた波乱に満ちた生涯を描いていて、まあなんというか、「意外な人物が主人公のときのNHKの大河ドラマ」くらいのスケールの小説でした。

 コペルニクスは、ポーランドの商人の子として生まれながら、父親が早くに亡くなったために高位の聖職者だった叔父に養われて神学校に通い、イタリア各地の大学で学んだ後、高位聖職者兼医師兼地方の行政官として活躍しながら、天文学の研究を生涯続けた人だったのでした。

ジョン・バンヴィルさんはアイルランド人なので、彼にとってもコペルニクスは「外国の偉人」。がっつり勉強しながら書いたようです。

 宗教改革時期の、カトリック教会内の政治の話、(世俗権力と教会権力の関係がいまひとつちゃんと分かっていないので、なかなか難しかったが)、ポーランド王領プロシアとドイツ騎士団の戦乱の中はざまで翻弄される小国(地域)エルムランド、悲惨な戦乱、このあたりは歴史的知識も地理、土地勘も全くなく、例によってWikipediaとグーグルアースにお世話になりつつ、読みました。が、いまだぼんやりしか分からない。ポーランドって、バルト海に面しているんだ、なんて確認しながら読みました。リトアニアとか北の方から、オーストリア、プロシア、イタリア。イタリアも北イタリアからローマまで、ヨーロッパ中をやたらと旅して、いろいろなところで勉強したり働いたりします。旅は、ほとんどが、歩いて、ときどき馬。盗賊に襲われたりしながら。そういうところも大河ドラマっぽい。

 その一方で、そういう「歴史小説」というよりは、宗教と学問、真理をめぐる葛藤、放蕩で悪魔めいた兄との葛藤など、純粋に、かなり高尚な純文学でもある。そういう純文学としての手触りは、本当に、何度も書くけれど、三島由紀夫ぽい知的かつ美しさに満ちているのであります。

 すごい時間がかかっちゃったのですが、これはすごい読書体験であった。しかし、今や新刊では手に入らないのである。こんなすごい小説なのに。

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