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『戦争はいかに終結したか-二度の大戦からベトナム、イラクまで』 (中公新書 ) 千々和 泰明 (著) 読みながら、ウクライナ戦争の落としどころと、台湾がもし戦争になり日本も当事国になったときの終わり方について考えた。

『戦争はいかに終結したか-二度の大戦からベトナム、イラクまで』 (中公新書 2652) 2021/7/19 千々和 泰明 (著)

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「第二次世界大戦の悲劇を繰り返さない――戦争の抑止を追求してきた戦後日本。しかし先の戦争での日本の過ちは終戦政策の失敗にもあった。戦争はいかに収拾できるのだろうか。第一次世界大戦、第二次世界大戦から戦後の朝鮮戦争とベトナム戦争、さらに近年の湾岸戦争やイラク戦争まで20世紀以降の主要な戦争の終結過程を分析。「根本的解決と妥協的和平のジレンマ」を切り口に、あるべき出口戦略を考える。」

ここから僕の感想

 

 ウクライナ戦争が始まってから出版されたのだが、著者の長期にわたる研究を一般向けにまとめ直したもの。著者は日米同盟や防衛政策史の専門家であり、日米の大学で研究を重ね、内閣官房副長官補(防衛安全保障専門を務めたのち、現在、防衛省防衛研究所の主任研究員という方である。数年前話題になった『終戦論 アメリカはなぜ戦後処理に失敗し続けるか』ギデオン・ローズ著の、日本語版監訳者でもある。

 理論の枠組みは極めて明快で、戦争終結においては、優勢勢力側が「将来の危険」の除去を重視すれば「紛争原因の根本的解決」を達成するまで戦争を続け、(無条件降伏とか、敵政権・体制の打倒とか)、優勢勢力が「現在の犠牲」(を回避すること)を重視すれば、「妥協的和平」で決着する。

 劣勢勢力は、相手が「紛争原因の根本的解決」を志向している場合には打てる手は少ない。相手が「現在の犠牲」を重視している場合には「妥協的和平」の中である程度の立場を維持することが可能になる。

 たいていの戦争で軍事的に「優勢勢力」なのは米国なので、分析は主に米国目線を中心に語られる。

 この基本的理論フレーム(細かくはもうすこしいろいろあるのだが)に沿って、第一次大戦から第二次大戦の欧州と太平洋、朝鮮戦争とベトナム戦争、湾岸・アフガン・イラク戦争までを具体的な歴史的事実を辿りながら分析していく。

 もうすこし細かく、というのは、朝鮮戦争以降、中国やソ連との全面(核)戦争リスクをどう考えるか、ということや、現在の犠牲が何に左右されるか、ということなどがあるのだが。細かくは帆を読んでみて、

 アメリカという国は、自国の国土が戦場になっていない。欧州でも太平洋でも、戦場は米国本土から遠い。なので、「現在の犠牲」といっても、自国本土の犠牲ではなく、自国兵士の犠牲だけを考えればよい。その上、兵力がたいてい圧倒的なので、兵士犠牲数は常に敵側より一桁~数桁少ない。なので「紛争原因の根本的解決」、とことん相手をやっつけるという思考になりやすいことが分かる。第一次、第二次大戦はそのパターンである。後の戦争でも、すごく勇ましく徹底的に相手を壊滅させようという人が米国側キーマンに出てきやすい。

 朝鮮戦争とベトナム戦争が「妥協的和平」になったのは、中国またはソ連との核戦争リスクを恐れたのと、米国の若者の「現在の犠牲」についての国内世論が厳しくなったせいである。

 湾岸戦争が「妥協的和平」で終わったためにフセイン政権を「将来のリスク」として残した。そして911アルカイダテロが起きたために、アフガン戦争からイラク戦争では、(戦争という意味では)「根本的解決」、敵政権の打倒を徹底した。しかし、戦後処理で失敗した。「戦後処理」という将来のリスクを読み間違えたのである。

 というような内容をずっと読みながら、私の頭にあったのは当然、ウクライナ戦争のことである。以下は私の考えていること、著者は何にも言っていません。

「紛争原因の根本的解決」というのをアメリカは思考しているわけだが、これにも二段階あり
①ウクライナ領土からロシア軍を完全に追い出す。クリミアも、ドンバスも。
ここまでは国際法上妥当な目標だが、バイデンの発言を追いかけると
②プーチン政権を倒して(敗戦で弱体化させたうえで、国内の反プーチン民主化運動を支援して、ということだと思う)、民主的、親米政権を樹立する。
ウクライナ戦争当初、「戦争を終わらせるにはプーチンを××すしかない」という人がたくさんいたのは、こういうバイデン型思考を素直にメディア論調から受け取った人たちだったのだと思う。

 プーチンも初めはロシア側から見た「紛争原因の根本的解決」ができると思って戦争を始めたわけである。キエフを占領してゼレンスキーを排除して親ロシア傀儡政権を立てる。これが可能と考えていたわけである。

 現状、アメリカもゼレンスキーも「ウクライナ領土からのロシア軍完全排除」を目指しており、戦争は終わらない。

一方、「妥協的和平」を志向する人の論拠は
①現在の犠牲(ウクライナ国民の命や国土の破壊)回避することを重視。

優勢勢力がロシア、という設定であれば
②クリミアのロシア支配の棚上げ
③ドンバス二国の独立をウクライナが認める
ウクライナ側への配慮としては
④ドンバス以外のロシア占領地区からのロシア撤退(東部ハルキウと南部ヘルソン)
というところであろう。

今、ウクライナが攻め返して、外交交渉ではなく軍事力で④のヘルソンとハルキウの奪回を実現するか、という状況になっている。こうなると優勢勢力はウクライナとなるので、
⑤ドンバスは自治州であり、独立国としては認めない。だたし高度な自治は認める
⑥クリミアのについてはウクライナ返還に向けて国際的枠組みで交渉を継続する
というあたりが落としどころになるのでは。

 ウクライナの軍事的優勢が実現したタイミングを逃さず「妥協的和平」交渉をするべきだと、おそらくはフランスやトルコなど早期和平仲介をしようとする勢力は考えているのだと思う。が、ゼレンスキーと米国はそうは考えていないのである。

 いずれにせよ、妥協的和平の場合に実現する状態は、いわば「ウクライナの朝鮮半島化」ということである。プーチンの考える落としどころも、今はこのあたりではないかと言われている。

 ただし、ベトナム戦争だと、米軍が撤退した後に、時間差で、ハノイ側はサイゴンを攻め落とした。妥協的和平の後が、「朝鮮半島化」で済むのか、「ベトナム化」に進むのかは定かではない。

というようなことを、本書を読み進めながら考えたのである。

日本に関しては
①第二次大戦の、敗戦までのポンコツぶり(全く可能性のないソ連仲介での和平を模索し続けたり、なんやかや)は読んでいて本当に悲しくなる。
②一番最後の章「教訓と出口戦略」で、まったく具体的国名も出さずに、抽象的に論じているが、実際は台湾・中国と尖閣あたりの有事が戦争になった場合の「戦争の終わらせ方」、勝った場合と負けた場合、負けるパターンでも、アメリカに見捨てられた場合と、日本が勝手に中国側に入ることを選んだ場合、というようなことを、タブー視せずにちゃんと議論しておけよ、という提言になっている。

台湾有事については、戦争の始め方のシミュレーションは、今、自民党も政府も一生懸命やっているが、戦争の終わらせ方までは頭が回っていないので、そのことに警鐘を鳴らす内容で本書は終わっている。

戦争をちゃんと考えるには、必読でしょう。読みましょう。


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