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『パンとサーカス』 島田 雅彦 (著) 作り物めいた作風の著者の特徴が、この、政治シミュレーション小説にピッタリはまった。日本の対米従属構造、そこから脱却しようとすると中国の罠にはまる、その狭間で日本自立の道はあるのか。期せずして、予言的な問題作になってしまった快作。必読。

『パンとサーカス』 2022/3/24 島田 雅彦 (著)

Amazon内容紹介

「政治的関心を失った民衆には、食料(パン)と見世物(サーカス)を与えておけば支配は容易い。戦争、犯罪、天災、疫病――どれもがサーカスとなる。
 ヤクザの二代目、右翼のフィクサー、内部告発者、ホームレス詩人……世直しか、テロリズムか? 諦めの横溢する日本で、いざ、サーカスの幕が上がる!

「私の暴走にどうかお付き合いください」 ――島田雅彦

不正隠蔽の犠牲となった父親の復讐を果たすため、CIAエージェントになった男は、日・米両政府の表と裏を巧みに欺き、いつしか日本国民の仇をとる。」

ここから僕の感想

 2020年7月から2021年8月に東京新聞(とブロック紙、北海道新聞、中日新聞、西日本新聞)で連載された。その期間というのは、安倍政権最末期から、菅政権の間。トランプ政権最末期から、バイデン政権の立ち上がりにかけて。

 日本政府が米国に従属しているその仕組み構造に、主人公たちが、それぞれの個性と立場を活かして立ち向かうという、政治シミュレーション・エンターテイメント小説である。

 中に、テロによる要人暗殺も出てくることから、安倍元首相事件の後に、ある種の予言小説のように受け取られ話題沸騰。Amazonでも現在品切れ中である。

 島田雅彦氏はずっと安倍政権を厳しく批判してきており、その批判の中で考えたこと、学んだ事実、解決へのアイデアをまるごと放り込んだ小説になつている。「私の暴走にお付き合いください」という帯の言葉は、そういう小説で、やりたい放題しましたよ、という宣言であろう。

 これを読んでいる途中の感覚というのは「シン・ゴジラ」(庵野監督の)を見ているような感じ、といえば伝わるだろうか。作り物だが、アメリカに従属する日本の政治・社会の現実を反映して、その中で、状況の変革に立ち上がる群像を描いている。作り物エンターテイメントとして、よく出来ている。もちろん、ゴジラは出てこないが。

 島田雅彦氏が「三島由紀夫の再来」というようなキャッチフレーズで『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビューしたのが1983年。三島研究をしようとしていた大学生の私は「作り物めいているという共通点があるというけれど、三島作品が超精巧な細密画のような作り物なのに対し、島田作品の作り物はガタガタの初歩的CGで作ったロボットみたいな人物が動き回っている粗悪品じゃないか」と思って、それ以来、島田作品はひとつも読んでいなかった。この作品は僕が読んだ2作目の島田作品である。

 「作り物めいた」作風は40年たっても変わっていなかったが、流石にずっと書き続けてきただけのことはある。シン・ゴジラのような、ぐんぐんとしたスピード感で楽しませるエンターテイメント作り物小説になっていた。

 島田氏は東京外語大のロシア語学科卒だから、ドストエフスキーの小説登場人物名が、いちいちその性格キャラをそのまんま表したようなわざとらしい名前がついている、というのを踏襲したのだろう。御影寵児、火箱空也、桜田マリア、主人公たちはその役割に応じた名前が付けられている。

 さて、日本の「対米従属」の構造、日本は実質アメリカの属国で、与党政権が、植民地の現地代理人であるような構造、ということについての話にちょいと脱線する。

 今となっては、政治に関心ある人ならだれでも知っている「日米合同委員会」「日米地位協定」「横田空域」などの支配の構造や、岸信介氏や笹川良一氏といった大物たちというのが、「戦犯からCIAのエージェントとなることで戦後政財界に復活して、米国支配代理人として戦後日本の保守支配構造を作った」ことなどは、事実として認識されている。

 が、こうしたことというのは、実はつい最近まで、「なんとなくそうだろうと知る人は知っている」けれど、「本当のことはよく分からない」「下手に公の場でそんなことをいうと、陰謀論を信じていると批判されてしまう」というような類のことだった。

 これらがだれもが知る事実になったのは、2010年代に入ってからの、矢部 宏治氏の功績が大きいと私は考えている。矢部氏は1960年生まれだから、私より2学年上。慶應から広告代理店の博報堂に進みマーケティング局勤務。それを数年でやめて物書きの世界に入っている。ほぼ同時期にライバル社電通に入った私と、社会人生活スタートは部署もタイミングも同じようなところにいた人だ。ネトウヨくんたちは矢野氏を「左翼」というかもしれないが、とんでもない。資本主義の権化、広告代理店のマーケターからスタートし、知的好奇心でわからないことを調べていたら、米国の日本支配の構造、日本の対米従属の構造が見えてきてしまって、そのことについて書いている人だ。私の経歴に、かなり似ている。矢野氏の出版履歴をWikipediaから引用する。

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(共著)創元社、2013年
『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル、2014年
『戦争をしない国 ―明仁天皇メッセージ―』小学館、2015年
『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』集英社インターナショナル、2016年
『知ってはいけない ─隠された日本支配の構造―』講談社<講談社現代新書>、2017年
『知ってはいけない2 ―日本の主権はこうして失われた―』講談社現代新書、2018年」

 こうした書籍がベストセラーとなり、横田空域の話、日米合同委員会の話が白日の下に晒されていく。

 孫崎享氏の『戦後史の正体』が2012年がこれらにわずかに先行し、白井聡氏の『永続敗戦論』2016年のヒットが矢野氏の流れを受ける。

 いずれも2011年東日本大震災以降、というか、民主党政権が崩壊して以降、第二次安倍政権が成立して以降だ。今や常識となったこうした知識は、ほんのここ10年に広く知られるようになったのである。

「今は常識だが、つい最近までよく知られていなかった」証拠に、鳩山由紀夫氏は、首相だった2010年に「最低でも県外」で、こうした米国支配層の逆鱗に触れて失脚するわけだが、こうした日米合同委員会の決定の方に役人が従う、首相の足を引っ張るという構造を全然認識していなかった、とその後、方々で語っていることからも明らかだと思う。鳩山氏には孫崎氏との対談などの本がある。

 こうした2010年代に急激に認知が広がった「対米従属」「米国の日本支配の仕組み」閉塞感に、どうやったら風穴を開けられるか。

 そうそう、ウィキリークス事件をあつかった映画『スノーデン』の中で、監督オリバーストーンがスノーデンの言葉として語らせた衝撃の事実、「日本のインフラ、電気水道ガス通信などには米国CIAによるマルウェアが埋め込まれていて、もし日本が対米従属から抜け出して自立したり、中国など反対側の支配に入ろうとしたら、そうしたインフラを一気にダウンさせられるようになっている」という話も、この小説の中に取り込まれている。この映画も2016年の作品である。

 私自身、2011年4月、震災。原発事故直後に政治について書いたブログで

「このテーマは、「日本の政治家は総理大臣になるまではそこそこ優秀そうに見えるのに、総理になったとたん、無能になってしまうように思えるのはなぜか」という、日本人政治権力特徴と深く関係していると、私は考えています。」

と書きつつ、このころはまだ日米合同委員会の仕組みも知らず、ブログは全然違う方に展開している。(それはそれで面白い。)「日本の総理は、総理になると米国の日本支配の仕組みが思ったよりもはるかに根深く、逆らえない」ということに気付くということが、その原因なのだということを、今だったらはっきりと認識できている。

 このように、2011年はぼんやりとしていたことが、この10年で構造としては明らかになったのだけれど、では、どうしたらそこから抜け出せるのか、日本人はどうしたらいいのか、その答えは分からない。10年たっても日本人はそういう状態に置かれている。さらに米国と中国の争い、台湾をめぐる争いの真っただ中で、日本はますます身動きできなくなっている。

 これに真正面から向き合って、とにかく答えを出そうと島田氏は小説を書いた。それが、この『パンとサーカス』なわけだ。米中のはざまで自立を模索する日本、日本人には、どんな道があるのか。島田氏は知識と想像力の限りを尽くして、とにかく、ひとつの小説としてまとめ上げた。そういう力作である。

 その覚悟を表す、小説中の一節を引用して、感想はおしまい。どんなシーンでこの言葉が語られるかは、読んでのお楽しみ、ということで。

 「彼の計画と私たちの行動が一致しているように見えるのは偶然です。彼は空想しただけ、私たちは自発的に実行しただけです。」
「ヒントは得ました。小説を読んで、犯罪を模倣するようなものです。」
「小説に書かれている通りの犯罪が起きたら、小説家も逮捕しますか?腐敗した政権の打倒を夢想したら、罪になるんですか?」



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