Message Soap, in time ― いつ届くかわからない手紙
これはいつ届くか、ほんとうに届くかも分からない手紙だ。いたずらや賭けにも近い。曖昧で、投瓶通信のように頼りないメッセージだからこそ、ちょっと思い切った気持ちで本音を伝えられるのかもしれない。
蝋で閉じられた封筒型の箱を差し出す。開くと、一見普通のフェイス&ボディソープが入っている。泡立ちがいいから毎日使ってと手渡す。
受け手はひと月ほど経ったある夜、角が丸く溶けた石けんのなかから、うっすら透けるキャンバス地の布を見つけるだろう。折り畳まれた布には文字。びっくりして、剥がして読む。
「あなたの声が好きです。電話を待っています。」
バスルームは一人だけの場所。受け手が身体も心も裸になる、無防備な時間に忍び込む。そこでメッセージを伝える。
Takramは「Message Soap, in time」というギフト用の石けんをつくった。
じきに。時が来れば——。"in time”という言葉に込めたのは、LINEやメールの瞬間的なやりとりの対極、手紙のように時間をかけた気持ちの交換だ。ちゃんと使ってくれるかな、読めるかなと考えながらあえて誕生日のしばらく前に贈るのがよいのかもしれない。果たして当日に間に合うか、数日の誤差を持ったメッセージ、むしろ送り手の方がどきどきする。遠くに住む恋人にも、一緒に住む家族にも、普段伝えきれない気持ちを伝えたいときに。なにが書いてあるかは、もちろん秘密に。
ネパール発のオーガニック原料を使った化粧品で知られる、Lalitpurというブランドから発表したプロダクトだ。代表の向田麻衣さんは私の学生時代からの友人。新しいギフト用の製品をつくろうとデザインしたのがこの Message Soap, in timeだった。メッセージは他に、いつも言えない感謝の気持ち、頼って欲しいときの言葉、好きな人からディナーの誘いが欲しいとき...。全部で7つ。もし選べないならば、自分だけのメッセージを手書きでしたためることもできる。
いつ届くかわからないメッセージに願いを託す。一見ナイーブで私的なプロダクトにも見えるが、この石けんを発表した直後、多くの人からの声が届いた。化粧品の仕事をしている人は「通常化粧品は機能を売りにするものだけど、これはストーリーこそが主眼の稀有な例だ」とわざわざ伝えてくれた。文具メーカー勤務の商品企画の知人は「手紙であり、新しい文房具だ」と考え、広告代理店に勤める人は「新しいメディアだ」と感じたという。他にも多くの人が独自な解釈を加え伝えてくれた。共通していたのは、誰しもが「自らの仕事に寄せて」捉えていたということだ。
何かの制作物、コンテントを世に問うときに、人が自らに寄せて解釈をしてくれる状況——自分なりのコンテクストを見出してくれたという状況——は、作り手にとって何よりも有難いことだ。一つのコンテントに複数のコンテクストが込められている。というよりも、人が「勝手に」多様なコンテクストを見出している。
お店で出会う商品が、なぜだか自分一人に向けられているように見えてしまう。遠くの海の向こうから届いた投瓶通信(メッセージボトル)のように。
この連載では、そんな「積極的な誤読」を誘うようなコンテントのデザインの作法や意義を考えていく。