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明け方の若者たちを読んで

結構前に、Twitterのフォロワー界隈で話題になっていた作品。
気になりながらも恋愛小説かあ…気乗りしないなと思って読んでなかった。

それが先日、
春の陽気に誘われて、大好きな本屋さんに散歩がてら行ってみたら、
なぜか今頃この本がプッシュされていて、
これは、「今が読頃…」ということだな!と、思い購入した。
(※追記・映画化が決まったかららしい。)

物語はある女性を愛した青年の、大学3年次~社会人4年目までの出来事を描いている。

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、“こんなハズじゃなかった人生”に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。高円寺の深夜の公園と親友だけが、救いだったあの頃。それでも、振り返れば全てが美しい。人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。


私にはこんなに痛いほど深く人を愛した経験はないから、主人公の心情に全て共感できたわけではない。

だけど、「好みだ!」と思った相手への恋心が走り出すときの恐ろしいほどのスピード感だったり、甘い生活の渦中にいるときの信じられないほどの盲目ぶりだったり、終わりかけの時期の不安な日々や、終わったあとの猛烈な虚無感、そして自分だけの法則で次々と蘇る大好きな人との愛おしい思い出に苦しめられる生き地獄の日々。。

そのすべての恋の過程は、誰かの物語のようでいて、どこか私自身の物語のようにリアルで、胸の奥をチクチクさせるものだった。

彼女との物語以上に、今のわたしに響いたのは、主人公が新卒で入社した会社で出会った「尚人」との交流を描いたシーンの数々だった。

クリエイティブな仕事がしたいという漠然とした夢を抱いて入社した印刷会社で、
主人公は総務部へ、尚人は営業部へ配属された。

クリエイティブとは程遠い業務に辟易とする彼らは、ノー残業デーに飲み屋で飲んだあと、ストロング缶を片手に、公園で妄想企画ブレスト大会をするのがお決まりだ。

渋谷の道玄坂で流しそうめんをしようとか、そのスポンサーはレッドブルで!とか、ありそうでなさそうで、でもワクワクする企画を熱っぽく語り合った翌日には、尚人がその議事録をまとめて会社メールで主人公に送ってくる。

「俺らこのままじゃダメだぜ!」と、常に上昇志向の尚人が、主人公にかける言葉の数々は、「わたしの人生こんなはずじゃなかった。。」とくすぶる人々を鼓舞するかのようで、どれもグサグサと刺さった。

〜〜〜〜〜〜〜
「最近思ったんだけどさ。」
「人生は打率では表さないんだよ。」
「野球と違って、何回打席に立ってもいいし、何回三振を振られてもいいの。ただ一度だけ特大のホームランをだす。そうしたらそれまでの三振はすべてチャラになる。」
「野球は打率が下がったらレギュラーから外れちゃうでしょ。でも人生は何回空振りしてようが、一発当たれば認められる。だから打席には多く立ったほうがいいのよ、きっと」

ー「でも人生における打席って何を指すの?」

「起業でもいいし、転職でもいいんじゃない?要するに環境を変えるすべてだよ。今よりはマシだと思う環境に飛び込もうとすることのすべて。もしかしたら習い事だっていいし、結婚もそうかもしれない。飛び込んでみてダメだったらやめる。全部そのくらいでもいいのかもよ。

ー「行動がすべて、だからビビんな!てこと?」

「そうそう、バッターボックスから降りられない状況つくって、バット振り続ければいつか一本くらいホームランがでる。そのときまで三振し続ける日常を受け入れることを、覚悟っていうんじゃね?」

本文抜粋
〜〜〜〜〜

なんか聞いたことあるような話だけど、今更グサッときた。何かを変えることを諦めて、いまに停滞することで、私は試合終了状態に陥っている。
打席に立ってすらないのだから、ホームランどころかヒットだって打てるはずない。

仕事も恋愛も何一つ上手くいかない日々の中で、まぁもういい年だし、、毎日生きてるだけで感謝しなきゃな。。そろそろ足るを知る年齢だよな!
なんて悟ったようなこと思うようになったりしてるけど、

でもやっぱり日々満たされないわたし。

そんな時にこの本に出会った。

また失敗するかもしれない、空振り三振が何打席も続くかもしれない。。
それでも諦めずに立ち向かう覚悟をするべき時がきているような気がした。

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