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「雪」に喜べる私でいたい

週明け、東京でも雪が降るらしい。
どうやら、本当に。

「雪」で思い出すのは13年前の2月。田舎特有のマイルドヤンキー感漂う中学生活からとにかく抜け出したくて、次のステージに思いを馳せていた私の高校受験日は大雪だった。雪とはほぼ無縁の地元、上手く寝付けなかった寝不足の朝に見たのは、テレビ越しでしか見たことがなかった雪国そのものの景色だった。

勿論前日には「明日の天気は雪。長靴・ブーツを履いて暖かくしてお出掛けください」と4Chのお天気お姉さんが柔らかい笑顔で忠告してくれていたけど、「そんなこと言って、どうせいつも降らないじゃん」と完璧にナメていた。

結果、お姉さんが正しかった。

「緊張しいでよかった。だって早起きできたもん、だから雪とか関係なく余裕だし」と訳の分からない自己満足に浸りつつ。きっと高望みだった志望校に合格できたのは、普段お目にかかれないレアな状況にテンションが上がり、その勢いのまま解答欄を空白なく埋めることができたからなのかもしれない。車に潰され、ぐちゃぐちゃのグレーの雪ではなく、真っ白ふわふわの憧れの雪のおかげ。それと私の受験勉強のおかげが少々。


「月曜日、もし雪が降っていたら気を付けて出社してください」、そんなアナウンス、或いは「ねぇねぇ月曜日雪降るらしいよ」なんていう小言が社内で飛び交うかもな、と少しそわそわして過ごしていたけど、誰の話題にもならなかった。どうやら「雪」という不慣れなワードに心が落ち着いていないのは、あの空間で本当に私一人だけだったようだ。

「降るかな、いや降らないでしょ、でも本当に降ったらさ・・・」そんなどうでもいい小学生のような会話をする大人は、大人になるにつれ減る。減ってしまうのが現実だ。

少し拗ねて寂しい気持ちを引きずりながら退社後、お気に入りのカフェに寄った。このお店は大通の一本奥へ入ったところにあるためか18時台には穴場カフェになる。とにかく時間をのんびり使えるし、ざわざわしていないし、そして何よりカフェラテが異常に美味しい。

いつも通りに注文をすると、ラテアートを作りながら「いつもありがとうございます。今日寒いですね、来週は雪降るらしくて、ちょっとワクワクしてます」と店員さんが何処となく恥ずかしそうに言ってくれたのがかなりの胸キュン案件で、とっさに出た返事が「お互い風邪に気を付けましょう」という誰目線なのかが不明の謎回答をしてしまい、私のほうがよっぽど恥ずかしかった。だけどその瞬間、切なかったはずの心は軽くなり穏やかさで満たされていた。


本屋の平台に「〇代でやるべきこと・知っておくべきこと」関連の書籍が積まれているのを見たことがあるだろうか。私はそれを10代で「20代・30代・40代・50代」分までを先取りして読んだ。先に答えを知ってしまえば今後の選択に困らないと思ったから。「沢山の本を読みなさい」と若年層リストに重複して書かれていることに気が付いた私は言葉通り、本当にたくさんの本を読んできた。困った時苦しいとき頑張りたい時、多くの言葉に励まされてきた。そして「本に触れている自分って素敵」と自己心酔もしっかりしてきた。

だけど同じくらい大切なことがあると知っている。


毎日会う顔見知りの同僚たち。名前・年齢・家族構成・最寄り駅・趣味も知っているのに、本当に話したい何気ない会話が私達にはできない。

対して、週に一度通う、顔しか知らない店員さん。名前・年齢・家族構成・最寄り駅・趣味も何一つとして知らないのに、本当に話したい何気ない会話が私達にはできてしまう。

本から得る言葉と同じくらい、記憶に残るような直接人と触れ合う言葉・リアルな経験が「人生」とまで大きく括れなくとも、日々に落とし込む大事な温かみのあることだったりする。

それは皮肉だ。毎日通う会社での出来事はどんどんアップデートされ「あの日」何があったのか鮮明に思い出せなくなっていくというのに、たかが週に一時間のあの空間・時間のことは長く記憶にこびり付くんだから。共に過ごす義務的時間より、ギュッと凝縮された一瞬の時間のほうが、私に与える優しさの影響は大きかった。


今日は一日家にいた。だからコーヒーを自分で入れた。豆を挽きお湯を注ぐと表面がポコポコ浮かぶ。その可憐な動きを観察し、落ち着いてきたところでまたお湯を足す、繰り返し。ゆっくりと香りが立つ。その時間にふと「風邪ひかないようにしないと」と無意識で口から出た。

「いつもありがとうございます」「こちらこそご馳走様です」のやりとりから一つ先へ進んだ私のあの癒しスポット。それしか話をしたことがなかった店員とただの客の間に流れた少しの照れ。共通点は「雪」の話ができること。

今後の展開を望むわけではない。私はそういうのが苦手だ。でもあのお店に行けばこれから先、「雪」でも「桜」でも「花火」でも、そんな話をしていいような場所に変わるんじゃないかとワクワクして心が落ち着かないのだ。


カフェの場所は秘密である。誰にも教えるつもりは今のところはない。

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