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「私は」

私は、歩く時はいつも見上げながら歩く。産まれた時からそうなのだ。私は、食べる時も、寝る時も、見上げながら。いつでも上を向いて歩いている。

ある日、私は空の見えない場所を探そうと、旅に出ようとした。なぜなら「空」があるせいで上を見上げている、と考えたからだ。だが私は、上は見えるが前が見えない。知っている場所でなければ、歩くことができない。当然のように、下にある障害が見えない。私は、この窮屈さから逃れたい。だから私は「空」の見えない場所へ行きたいのだ。

私は決意して、旅に出ることにした。犬と一緒に行くことにしたから、歩ける。その犬が私を森まで案内してくれるだろう。私は、その被ぬに引っ張られるがまま進んでいった。そして、「空」が見えないところへ、たどり着いた。そこは「空」が木によって遮られているところだった。森だ。
これが森か。「空」にひとつ、くぼみができた。私は犬に引っ張られていく。次に見たのは森だが、騒がしかった。集落だ。私は、歓迎された。そこにいた集落の長に、前を向きなさいと言われた。私は、そのようにした。なぜならそこに「空」はなかったから。言われた通りにすると、私は見た。顔を——「空」に衝撃を与える。人がいる——「空」が崩壊する。私の見ていた「空」は、消え去ってしまった。だが、私は前が見えるようになった。下も見える。どこにでも行ける。

私は、感謝を伝えようとした。だが、その長は遮った。もう一つあると。その人は、私の正面に鏡を置いた。みせられた。私の顔を。そして知った。「わたし」を。「空」と「わたし」が完全に切り離された。そして、私は「わたし」を知った。そしてさらに、左右横に動かしなさい、と言われた。私は、左右を見た。世界を知った。「空」から「わたし」と「世界」が切り離された。私は、「わたし」と「世界」を知った。私は、その長に感謝した。私は「善」を知った。「空」に「善」ができた。私は、「空」から離れ、「わたし」「世界」「善」を知ることができた。そして、犬という「生き物」も見ることができた。初めて見る家。私の「空」が細分化されていく気がした。私は家の扉を開け部屋の中をみたら、荒らされていた。警察が家にやってきて、泥棒が入ったことを伝えられた。何を盗まれたか確認してほしいと言われ、その通りにすると、お金が盗まれていることに気がついた。「空」に「悪」ができた。

私は「善」と「悪」を知った。「空」に大きな分化が起きてしまった。私は、前と横を見られるようになった。だが、また「空」を見たい。「悪」があるからだ。「空」が崩れ去った。私は「空」を見失ってしまった。しかし唯一私が、この世界の「空」を最初に見たものであり、最後に見たものである。

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