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流され人生、万歳


今年は仕事で部署が変わり、新しいことにたくさんチャレンジすることができた1年でした。

私にはきっと、まだまだやりたいことがたくさんある。外国に行きたい、TEDに出てみたい、本を出してみたい、自分が発する何かで世界を少しだけ変えてみたい、とか色々。あるくせに、継続できないからすべてが中途半端だ。好きな本をかじりながら、思いの丈をちょろっと綴ったり、好きな一文を書き出して、悶々と考えをめぐらせたり。手段が目的になるとはまさにこのことで、私は手段の段階で内省することで充足してしまう、それはある意味でコスパ良くていいところで、ある意味では物事の推進力とか実行力が弱い悪いところとして捉えられるな。先日会社の面談でも、そういった類のことを上司に言ったな。考えるだけで満足してしまって、他にこれやりたい!って勢いよく手を挙げる人がいれば、自分はすっと身を引いてしまう。「それは私が仕事に熱意ないからですよねスミマセン」ってその場では言っていたけれど、そうじゃなくて(それもあるかもしれないけど)、考えるだけで楽しくなれるハイパーローコスト人間だからなんだろうな。

人生でいろんなところに寄り道しながら、種類の違う刺激を少しずつ受け取っている、そうやって生きている。何かを成し遂げるための、意図的に仕込まれた寄り道ではない。本当の、ただの寄り道だ。仕事で何かを発揮したいから、と舌を巻いて飛び込む寄り道でもたしかに学びはあるけれど、いつだって自分の突拍子もないアイディアを爆発させるのは、マジでうんこみたいにどうでもいい寄り道の積み重ねでしかない。きっとそれが、自分の発想やアイディアを自分らしくさせている。手段が目的化しやすいからこそ、何気ない寄り道から何かに活かせる考えが湧いてくる。

そういえば今年は自主製作の物販を始めたのだけど、すっかり在庫持ってることを忘れていた。そういえばSUZURIで電子書籍も販売できるようになったのに、すっかり何か取り組むことを忘れていた。ああ、やりたいことは、まだまだたくさんある。決して進んでいないわけではない。けれど、みずからすすんで機会をつかみ取るには、私にとって世界はあまりにも面白すぎる。目移りしてしまう「おもしろい」が、あまりにも溢れすぎている。何かを目指す過程で次の「おもしろい」に出会い、それを日々重ねて生きている。雑多で単純で、勝手に複雑にして盛り上がって、結局たどり着くべき到達点には全然届かず、むしろ正反対のベクトルに向かって突っ走っていた、とかね。仕事だとまあそれが許されないので到達点に届くよう進行するのですが、だからこそ、仕事以外の私の人生は自由でいたい。寄り道しまくりの、最終的にあんた今どこなん?状態でいたい。

なんて、自分の集中力や一気通貫してなさを正当化するような文章になってしまいました。あまりにも気を散らせながら生きる自分に対する冷静な分析と、いい加減にしなよ、もう20代も半ばなんだし、という思いと、いいぞもっとやれ!と渦巻く寄り道マインドのすべてを携えて、これからも流され人生を送りたいと思います。

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