『ママに怒られるからやめようね』への違和感

義理の実家とは疎遠になってしまったのですが

まだ長男が小さかった頃 
義両親が息子に対して
言う言葉の中の一つに
モヤモヤしていたことの中に、
この言葉がありました。


『ママに怒られちゃうから 
 やめようね』


私に怒られるからその行動を止めるのか?

いや、違うでしょ。


その行動が良くないからやめようって
なぜ言わないんだ? と、いつも思っていて


いつもは黙っていたけど、一度だけ
「そう言う言い方、私は違うと思います」と
イライラして、
つい言ってしまったことがありました。
→全然響いてなかったけど。



幼稚園教諭として働いてきて 知ったこと。

それは 子どもは本当に賢い と言うこと。


大人の表情、言動 全てお見通しだなぁって
思っています。

私は現場にいるときも 
子育てをしている時も

嘘をついたり 
一過性の解決方法をとることはしません。


一過性の解決方法とは 
例えば 
ワガママだったり 本当にいけない危ない場面で
子どもが泣いたとします。



泣いて 泣きわめいて泣き止まないからと言って
「アメ買ってあげる」とか
「おもちゃ買ってあげる」
「だから泣くのやめようね」とか。

結構言ってないですか?

それで結局買うかって言うと 
そのあと、大抵の大人は買わないですよね。
大人の目的は泣き止ませること、
やめさせることだから。

言葉のあやってやつです。


そうすると 子どもは
「なんだよ、さっき買ってくれるって言ったじゃん!」ってなるわけです(笑)


どんなに小さい子でも 
それは理解しているので
いずれ、その「アメ買ってあげるから」
が通用しなくなるのは
こう言った背景があるのではないかなぁって
勝手に考察しています。


なので 私は 絶対に自分が発した言葉に
責任は持つようにしています。

ダメなものはダメだよ、危ないよ。 以上マル

これに徹していることが多いです。

なので冒頭に書いた
『ママに怒られるからやめようね』は
根本的な解決にはなっていないと
私は思っています。


子どもたちには 
なぜダメなのかを、どんなに小さくても
それが例え、理解してなかったとしても
言葉にして伝えるようにしてきたし

小学生になった子どもたちに対しても
心掛けていることでもあります。


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