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小芋の揚げたん【#夜更けのおつまみ】

関西の料理は名前が可愛い。なんでも最後に「たん」が付いて、語感が良いしゆるキャラっぽい。焼いたん、炊いたん、和えたん、揚げたん。調理方がそのまま名前に活かされるので、素材そのまんまの料理も立派な一品としてメニューに載る。

とりわけ私の心を掴んで離さないのは「小芋の揚げたん」。と言ってももう何年も食べていない。最後に食べたのは中学生の頃だっただろうか?

子どもの頃はよく外食に連れて行ってもらった。洋食屋さんやレストラン、和食に中華、いろんなものを食べたけど、覚えていないのがほとんどだ。そんな中で記憶の引き出しに残されたのは、いつも行っていた小料理屋さんである。

そこはカウンター数席と小上がりの個室が二つの小さなお店で、二ヶ月に一度は通っていただろうか。気軽な雰囲気で美味しい割烹料理が食べられる、大人になった今思えば、本当に良いお店だった。

お品書きは、旬の食材を使った料理が中心。子ども心に「魚ばっかりでつまんないな」と思うこともあれど、私にも大好きなメニューがあった。それが「小芋の揚げたん」、つまりは小ぶりな里芋の素揚げのことである。

家族で小さな座敷に座ると、とりあえず小芋の揚げたんを注文する。調理に少し時間がかかるので、待ちながら先に来た料理をちょこちょこつつく。魚も好きだし、なんだかんだ美味しいのだけど、子供としてはどこかパンチに欠けた料理の数々。

退屈しのぎに座敷をぐるぐる見渡すと、いつも背中側の壁にはカブトガニの甲羅が飾ってあって、それが少しだけ怖いような、心惹かれるような。チラチラと眺めては「あれは天然記念物の化石なんやで」と、大人たちには子供騙しの冗談を言われたものだ。

おとなしく過ごしていると「お待たせしました」と出来立ての小芋の揚げたんがやってくる。その瞬間はいつも美味しい香りと喜びでいっぱいだった。大きな土物の鉢に山盛りに積み上げられた小芋たち。片栗粉の薄衣を身にまとい、互いに触れ合いながら、カラカラと軽い音を立てている。

それをひとつまみ、お箸で掴んでまるごと口の中に運ぶ。熱々で火傷しそうになりながら、サクッ、シュワッとほどける柔らかな肌触り。ゆっくり歯を動かすと衣が割れて、中からほっこり、柔らかいお芋の食感が姿を現す。はふはふ、一噛み二噛みするほどに、里芋に染み込んだ甘辛いお出汁がしみ出して、とろっと、ねっとりした舌触りが口中を満たす。ああ、なんて幸せなんだろう!

何年も前のことなのに、今思い出しても本当に美味しい。私はあの小芋の揚げたんのことが大好きだった。

子どもにとって夜は退屈な時間の始まりだ。ご飯を食べたら宿題とお稽古の練習しか待っていない。外は真っ暗、どこにも行けない、閉ざされた時間。

そんな時間を切り開くように、小芋を求めて車はジグザグ夜道を進む。お店に着く前も、食べた後の帰り道も、見知らぬ路地やいつもと違う街の顔を見て、子供だった私はなんだかしっとりと大人になった気がした。

あのお店は今はもうない。中学生の頃、料理人の大将が地元に帰るとのことで、関西から四国まで大規模な移転をしてしまったからだ。

十五年以上経った今でも「小芋の揚げたん食べたいな」と思うことがある。数ヶ月に一度思い出してしまう。今おつまみとして食べられるなら絶対に食べたい。お酒と食べたらどんなに美味しいんだろう?

私はこれからも、きっと死ぬまで、小芋の揚げたんを食べたいと思い続けるのだろう。だけど食べられることはない。むしろ食べられなくてもいい。

そんな味が人生に一つくらいあってもいい。


【完】

#夜更けのおつまみ
#エッセイ
#音声入力で書きました


HAPPY LUCKY LOVE SMILE PEACE DREAM !! (アンミカさんが寝る前に唱えている言葉)💞