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ウスマン・デンベレの人種差別疑惑報道から見える日本サッカーメディア界の現状

 2021年7月3日、あるサッカーメディアの発信によって日本人に対する「人種差別疑惑」が持ち上がった。疑いをかけられたのは、バルセロナに所属するフランス代表FWウスマン・デンベレ(とFWアントワーヌ・グリーズマン)だ。

 内容は割愛するが、ソースとして挙げられていたのはイギリスのタブロイド紙『デイリー・メール』のウェブ版に掲載されていた記事だ。「推定無罪」の原則に基づき、彼らが人種差別発言をしたか、していないのかについては言及しない。

 日本で本件が話題になった後、フランスの首都パリ在住の作家・辻仁成さんが丁寧にデンベレの発言内容や意味、意図などを解釈して説明したブログ記事が公開された。

 解釈がすべて正しいかどうかは別としても大変勉強になる内容で、「言葉」とはかくも難しいものかと再確認するに至った。一次ソースとなった『デイリー・メール』が選手たちのフランス語の会話内容を英語に翻訳して記事にしている。さらにそこから日本語に訳されたとなると、どこかで間違いや認識の齟齬が起こりうるのは容易に想像できる。

 日本のネット界隈で話題になった最初の投稿は7月3日の0時過ぎという説もあるが、『デイリー・メール』紙がソースとしているツイートは日本時間7月2日8時46分に投稿されている。

 日本のメディアがソースにした『デイリー・メール』紙の記事は現地7月2日の18時2分に掲載された。イギリスはサマータイム中なので8時間の時差を考慮すると、日本時間では7月3日の2時2分。つまり元のツイートがメディアに取り上げられるまで、少なくとも半日以上かかったことになる。

 しかも、デンベレやグリーズマンの母国であるフランスでは、ほとんど話題になっていないと様子。というのも、様々な言語で検索をかけても欧米の主要メディアで彼らの「人種差別疑惑」を取り上げたのは、英字紙の『デイリー・メール』が最初だと思われるからだ。

 フランス語のメディアにもいくつか同じテーマを扱った記事は見つけたが、全て後追いで、大手スポーツ紙の『レキップ』や一般紙などが取り上げている形跡はない。

 選手たちはフランス語で話しているのに、フランス語圏のメディアでは全くと言っていいほど話題にならず、英語のタブロイド紙が会話内容を翻訳して「人種差別だ!」と騒ぎ立てたようだ。そして、日本のメディアはそこに乗っかる形になってしまった。

 今回の一件で明らかになったのは日本のサッカーメディアの構造的な課題である。

 読者のみなさんの情報源となっている日本のサッカーメディアの大半は、全て無料で記事を読むことができる。

 ただ、日本のスポーツ紙や一般紙のウェブサイトと、サッカー専門メディアのウェブサイトとでは、収入構造が決定的に違う。購読料収入やその他の事業収入によって支えられている前者に対し、後者は広告収入が収入の柱になっている。

 無料で広くたくさんの人に読んでもらい、ウェブサイト内に設置した広告の表示回数やクリック回数などによって支払われる広告料が収入源。記者も読者のみなさんがいることによって原稿料収入を得られている。

 ところが近年、その広告料の単価がぐっと下がった。もちろんコロナ禍の影響も見過ごせず、自分が知る限りではどのサッカーメディアも懐事情は苦しいと聞いている。予算削減を余儀なくされているメディアも多い。

 そうなると当然、方針の見直しを余儀なくされる。例えば明らかにPV数(ページビュー数=閲覧数)狙いで内容の浅い記事が増えたり、タイトルで“釣る”ような記事が増えたり。どうにかして収入を確保する方法を編みだそうと、どこも必死だ。

 実際、サッカー界にとって重要なテーマについて取材し記事を書いて、内容に忠実なタイトルをつけて公開しても全く読まれないこともある。一方で、扇動的なタイトルで爆発的にPVが出ているものの、中身が空っぽな記事も少なくない。

 だが、PV至上主義的な風潮のある今、外部で後者がネット上で大炎上していても、内部で糾弾されるのは前者になりがち。読者が最初に目にする「タイトル」がクリックされる上で重要なので、結局のところ中身が大して重視されていないのも悲しい現実である。

 それでも誤訳をはじめとした何かしらのミスがあると、必ず「日本のサッカーメディアの質は低い」と叩かれる。

 確かに今回の一件のようなデリケートな問題に対し、メディアの内部でチェック機能が正しく働いているかと言われれば、必ずしもそうでないのかもしれない。現状の運営モデルの限界が顕在化した事例と言えるだろう。

 ある意味、世界中のサッカーに関する情報の大半を無料で、しかも日本語で手に入れられる状況が何年も続いているのは奇跡的なことなのではないだろうか。

 日本語の翻訳記事のソースに使われるような大手のテレビ局や新聞を母体とする欧米メディアとでは運営形態や収入構造が全く違う。では、日本のサッカーメディアは今のままでいいのだろうか…と自問もする。

 PV目当ての、いわゆる「煽り記事」が量産される現状が続けば、いずれはサッカーメディア業界全体が“煽り”を受けて先細っていく未来が見える。ただ、明確な解決策をすぐにひらめくわけでもない。

 みなさんはサッカーメディア界の現状について、どう思いますか?

(追記:記事内で示した全ての情報は本稿を執筆した日本時間2021年7月4日15時時点のものです)