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元カレH君と馬の骨

元カレK君の話を書いたら、連鎖的に元カレH君のことを思い出した。
私の中でH君と言えば、あらゆる思い出を押し流す勢いで「馬の骨」エピソードが濃ゆい。

H君は、これまた私と同じ大学で、同じサークルで、ギターとロックを愛するイケメンだった。
更に、帰国子女というやつで、小学校~中学校あたりまでをイギリスで過ごしていたらしく、英語がペラペラ。お父様は銀行で役員をされているとかで、一言で言えばお坊ちゃんだった。

そのH君から、家族に会って欲しいと言われたのは、付き合い始めて半年ちょっと過ぎた頃だっただろうか。H君は学生にも関わらず、付き合う=結婚を前提、という生真面目な概念を持っているタイプだったので、それを無下にするのも気の毒だ、と思い、私は「H君ご両親との食事」を承諾した。

仕送りとバイト代で日々を凌ぐ貧乏学生なりに、親世代に受けのよさそうなコンサバ系の服を着て待ち合わせ場所のレストラン(綺麗な庭のあるホテルに隣接した、上品そうなところだった)に向かった私が出会ったのは、H君とよく似た、これも上品そうなお父様と、美人…だった雰囲気はあるのに、それ以上に何故か怒り心頭の、上品そうなお母様だった。

「サークルなんて、はしたない!飲み会だのなんだの、“あのサークル”みたいなことをやってるんじゃないでしょうね!?」

ビクつきながら自己紹介をしただけで、この反応。完全に想定外である。
補足しておくと、当時私とH君の大学では、スー○リというサークルが、他校の女子に酒を飲ませては恒常的に乱暴するという、有名な事件が明るみに出た少し後だった。とはいえ、毎年1万人が入学しては卒業していくマンモス校で、サークルなど星の数ほどある。私やH君の所属する音楽サークルからすれば、そんなサークルと一緒くたにされるのは風評被害も良いところだし、そもそも私とH君は同じサークルに所属している。私に対するその攻撃は、H君本人にもまるっと当てはまる点をお忘れではないだろうか。

えーっと、どうすれば良いのかな私。

何かを言った方が良いのか、言わない方が良いのか、その判断すらつかずにメニュー表に目を落とす。お母様の突然の爆発から何とか立ち直ろうとしているお父様から、しどろもどろに注文を促されて、とりあえず一番値段の安いオムライスを注文したものの、空気は完全に地獄である。

「ギターだのロックだの、下らないことばっかりやってるかと思えば、こんな女の子まで連れてきて!どこの馬の骨だか分かったもんじゃない!!」

おぉ。「どこの馬の骨」って、こういう時に使うのか。現実でちゃんと慣用句として使われてるの、初めて聞いたぞ……!!
私は何だか不思議な感動を覚えてしまった。あまりにも叱られ方が突然すぎて、上品そうなお母様から吐き出される罵声、という事態についていけなさすぎて、「怖い」という感想すら出ない。
しかし、何かそろそろ返事をしなくてはいけないような気がする。何と言おうか。私は精一杯頭を捻り、口を開いた。

「えーっと……○○県の、馬の骨です」

ぶふぉ!とお父様が水を吹いた。
お母様が、ピタリと黙ってこちらを見た。
マズかっただろうか。でも、どこの馬の骨か分からないと言われたのだし、出身地を話すべきかと思ったのだが。違っただろうか。
地獄だった空気が完全に永久凍土になってしまったけど、でもこれ、私のせいじゃない……よね??

「お待たせいたしましたー、こちら、デミグラスハンバーグセットのスープになりまーす」

極寒のツンドラをかち割ってくれたのは、ウエイターさんだった。時間が再び流れ出し、お父様とお母様の前にスープとサラダが置かれ、無言ながらも食事が始まる。

「ご実家は○○なんだね。ご兄弟は?」

紙ナプキンでテーブルを拭いたお父様は、スープを飲みながら、実に当たり障りのない方向で会話を再開してくれた。お母様は黙ってくれていたので、その後の私は失礼のないよう答えるだけで、その食事の時間は終わり、私は自分が何のために来たのか、オムライスが美味しかったかどうかもよく分からないまま、帰宅した。

最初から最後までひたすら無言を貫いていたH君と、その後その件についてどういう話をしたか、そもそも話さなかったかも記憶にない。ただ「馬の骨」発言のインパクトは大きく、私は数日かけて考え抜いた後、「なんであれ、H君とは結婚しない方が良いな」と冷静なジャッジを下して、結局その後(すぐではなく、何だかんだの後だったが)別れた。

H君は社会人になった後、結婚をして、二人の子供が生まれ、今は海外で暮らしているようだ。
彼の奥さんになった人は「馬の骨」とは呼ばれなかっただろうか。もし呼ばれなかったとしたら、少しは私の功績もあるかもしれないので、感謝して欲しい、とちょっと思う。
私はかなり、根に持つタイプなので。

あと、息子が大きくなって彼女を連れてきたときには、絶対に絶対にそんなことを言わないようにしよう。息子がその後振られるに違いないからだ。
「馬の骨」ダメ、ゼッタイ。

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