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「8日で死んだ怪獣の12日の物語」 岩井俊二監督 コロナ禍で生み出された異質な映画

 世界中に未曾有の事態をもたらした新型コロナウィルスの猛威は、人々に全く新しい価値観を植え付けた。

先ごろ政府によって5類移行が発表され、ひとまずの形式上の終息と言っていい状態になった。

しかし、一度変えられた個人や社会の物事に対する価値観は強力にそこに根付き、容易に引き抜かれることはない。

未だに何となく人々はコロナ禍で作られた規範を引きずっている。

この映画は、2020年のまさにコロナ禍に突入した時期に制作された。当時は緊急事態宣言が発出され、不要不急の外出が憚られていた時期である。

当然、撮影にも制限が課されていたそうだ。

登場人物の会話は全てオンラインで交わされる。主演の斎藤工さんのセリフもカメラ目線の一人喋り(youtube配信という形式)という形で進行する。
斎藤工が自撮りで撮影しているシーンもあるそうだ。

主人公の名前はサトウタクミとなっていたが、会話を聞いていると斎藤工の分身的存在であろう。現実の俳優斎藤工であり、虚構としての斎藤工でもある。

物語の鍵となるのは、主人公が通販で購入したというカプセル怪獣なる存在だ。

どうやらこの怪獣、最初は小さな卵のような丸い形のようだが、日に日に形が変わり、成長するようだ。

このカプセル怪獣とは何なのか。これが非常に謎である。途中成長過程でコロナウィルスのような形に変化するのも面白い。

この徐々に形を変えていく怪獣が不気味であると同時に、粘土のようなもので作られた造形は何だかものすごくファニーでもある。

物語上は、人類を滅ぼす存在だとか、コロナから人類を救済する存在だとかと推測されているが、最終的には後者の存在なのかなと鑑賞者に類推させる。

とまあ、訥々と語ってきたわけであるが、実を言うと筆者はこの作品が昨日岩井俊二監督のyoutubeチャンネルにアップされるまで存在すら知らなかった。

なので当然公開当時は観ていない。


現在はコロナが社会的に一応の収束を見せている。

この今の世間の気分から醸成される自分のコロナに対する楽観的な心理状態で本作を見てみると、異様な雰囲気が立ち昇ってくる。

オンラインで交わされる会話劇と、その背景に横たわるコロナ、緊急事態宣言、外出制限。

おそらくこの時代でしか作れないエポックメイキングな作品であることは間違いない。

先ほど述べたように、普通の状態を取り戻しつつある現在に見てみるとこれが異質な作品に思えてくる。

それだけコロナ禍という時代が、後世に語り継がれるほどに通常とは全く異なる性質を持った時間だったのだ。

おそらく2020年の公開当時に観ていたらこんな感想は抱かなかっただろう。
ただ単純にコロナ禍を反映した作品として受容していたに違いない。

それがこのようなある種不思議な感覚にさせてくれたのは、自分にとってある意味僥倖だった。

コロナ禍という歴史的な事態を映し出した画期的な映画として、今後もこの作品が
現実に起きた人類史とともに語り継がれていってくれることを祈りたい。

そして何と言っても、この作品が再びYouTubeにて公開されるきっかけとなった岩井俊二監督最新作「キリエのうた」の封切りも楽しみに待ちたいと思う。


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