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舞台:唐ゼミ☆『唐版 風の又三郎』

■浅草花やしき裏 特設テント劇場 10月13日
1997年に横浜国立大学の教授となった唐十郎と出会った学生達が結成した唐ゼミは、唐の退官後、劇団唐ゼミ☆として独立し、テント劇場を拠点に独自の活動を始めて現在に至るが、その彼らが第30回特別公演延長戦と銘打って、唐戯曲の中でも代表作の『唐版 風の又三郎』を上演している。演出は劇団の代表であり、唐の直弟子である中野敦之。
3幕で3時間を越える大作だが、舞台の持つ疾走感と引力に加え、昨今の感染防止策を受け桟敷も含めて充分な距離が空けてある客席のお陰で集中して楽しめた。昨年、同作品を上演した際に、ヒロインの禿恵が先日亡くなった状況劇場の看板女優、李麗仙に生き写しだとの評判が上がったというが、白いスーツに身を包み、颯爽と舞台に立った禿の姿と、その第一声を聞いてそんな評判が上がるはずだと納得した。もっとも偉そうに書いてはいるものの、僕自身状況劇場での李を見ているわけではなく、それ以降のいくつかの舞台やTVドラマでの李の姿しか知らない。それでも納得させてしまうパワーが、禿から発せられていたのだと思うし、これからも注目していきたいとも思わせた。
 宮澤賢治の『風の又三郎』やギリシャ神話。シェイクスピアの『ベニスの商人』。さらに自衛隊員による飛行機乗り逃げ事件などを織り交ぜて描くのは、唐十郎作品ならではの大人のファンタジー。禿が演じた宇都宮のホステス、エリカと丸山雄也演じる織部のコンビはとてもいいバランス感を保ってラストシーンまで走りきった。かつて唐自身が演じた教授役に起用された米澤剛志は、唐作品に欠かせない怪人のパートを力強く演じてみせる。怪演といえば夜の男役の丸山正吾の自己中なパワーや、商人/宮沢先生を演じたワダタワーの、カオスの上を飄々と渡り歩くような振る舞いも目を惹いた。さらに驚いたのはスケバンの桃子を演じた鳳恵弥がテント空間の舞台にぴったりとはまっていたこと。いつか禿とのWヒロインでの作品を観てみたいと思わせた。
 さて、観ながら気が付いたのだけど、本作は状況劇場時代に観客動員が急に増えた作品だったと唐が自身の半生記に記している。本作の初演は1974年。物語には当時のアイテムがいくつも塗り込められている。探偵事務所、ヒロポン、エロ雑誌、まだ残っている戦争の余韻、御茶ノ水駅の橋のたもとに連なる公衆電話、等々。それらは当時のリアルであり、観客出会ったはずの当時の若者が飛びついたのだと理解できる。ところが現代の観客にはどう映るのか。こうしたアイテムは全て過去のものであり、若い観客にとっては(ひょっとすると若い役者にとっても)ちんぷんかんぷんなのかもしれない(事実、休憩時間にきっと“あの頃の観客”だった人が、彼よりは若い連れに解説している話し声が耳に入った)。演出の中野は唐の戯曲を読み込み、そして直接指導を受けただけあって、唐作品を正統に表現する事については右に出るものはいないだろう。しかしそれだけが作品を評価する物差しではなく、時には意図的に誤読することで魅力を増すことも充分に起こりうることだ。ならば中野には正統の上に立つからこそできる誤読と、現在の観客を熱狂させる(そう、かつて紅テントが若い観客のトレンドだったように)物語の紡ぎ手になって欲しいと勝手に期待したい。さらに来年から1年間。中野は文化庁の派遣でイギリスに赴くことが決まっている。彼の背中には唐から受け継いだ物語や方法論が乗っかっているはずだ。そしてきっとそれらをぶち撒いて、イギリスの演劇人をやり合うことだろうが、その結果何を持ち帰ってくるのかそれもまた楽しみだ。
浅草花やしきの裏に立つ青テントでの公演は17日(日)まで。消え去る前に見届けておくべきだろう。 

写真提供:劇団唐ゼミ☆


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