[アメリカ留学] 2022年の振り返り&今後努力をしたい2つのこと(文章量多め)
2022年も終わりに近づいてきました。別にここで1年を振り返ろうと年が明けてから振り返ろうと、私の場合何も変わらないので少し早めに振り返りをします。それよりも、最近努力したいと考えるようになったことをいち早く記録したいなと思ったので、いっそ振り返りとセットにしてしまえという算段です。いつも通り、一貫性もなくグダグダした内容に終始すると思いますが、お許しを。
まず、今年は個人的に一番活き活きと生きることが出来て、成長を肌で感じることのできた1年でした。これまでは、趣味のメジャーリーグを観ている時以外は、見ている(知っている)世界が狭かったために、勉強であろうと何であろうと打ち込めるほど面白いと感じるものがなかったし、そこまで努力することも無かったために本当に平坦かつ生きているなと毎日感じることもなく親に甘えてゴミニートをさせて頂いて、めでたく大学生になってしまいました。そんでもって勉強も趣味も何もかも中途半端という状態で2022年を迎えました。2021年の11月、12月辺りには交換留学の内定を頂いていたわけですが、申し込んだその年の8月地点と12月地点でのモチベーションが違いすぎて、周りの親しい友達には「大きな挑戦してくる」と高らかに宣言したは良いものの、これという目的もなかったのでこの時の目は輝いていなかったはずです。
今年の1月(2022年1月)から振り返ると、1月から4月はサークル活動を楽しんでいました。私にとって初めての本格的なサークル活動だったので、とても楽しかったです。自分は大学にも大した数の友達がいないのですが、特にそれを後ろめたく感じることもなくある1つの競技をマイペースに頑張るというそんな貴重な体験を出来たこの4カ月でした。この期間は高校生以来のまともに人と連続的に話すことの出来た時だったので、様々な年代の人と交流する中で今の自分の思考、価値観への理解を得られた気がしました。また、大学のサークル見学に来てくれた新入生さん達に高々1年や2年早く生まれただけでデカい面を出来たことと、自分の実際の貢献度は度外視して実際に入ってくれた人がいたということは嬉しかったです。
次に5月から8月。正直、2年生の前半期の個人的な勉強暗黒期を除けば、大学生活で一番長期にわたって迷走してしまいました。今から思い返しても仕方のないことですが、留学のモチベーションが本当に無かったです。訪れる楽しみが想像できないことには火がつかない無能なので、ほぼ全く英語の勉強もしなかったのに、留学に必要な大量の書類だの手続きをただ毎日こなしているような感じで、本当に非生産的でした。学部の勉強は継続していたけれど、明らかに絶対量が減って、以前には殆どなかったギリギリに駆け込んで出すような課題も多かったです。成績という結果単体では別に他の勉強した時期と比べてさほど可もなく不可もなくといった感じでしたが、それは授業に慣れたからどこで強弱をつけるべきなのかを直観で覚えたから要領がよくなったことによる結果であり、そんなことに特に価値は見出せません。ここ留学先で今学期取っている授業もウェブサイトの使い方が分からないせいにして、テキトーに自分が好きなものばかり選ぶ有様。毎日来期の授業の候補を食い入るように見ている今からすると、勿体なかった感は満載ですが、しゃーない。
そして、8月から今。これが最も生きてるなと感じられている瞬間です。(何かタイトルとは打って変わって留学の振り返りになるかもしれません。)別に生き方を変えたわけでもないし、何か大掛かりなことをしているわけでもないです。正直、行動が足りていないと言われれば言い返すことはできません。色々誘うようにしたり、遊びの誘いはほぼ全てYesというようにはしてきました。ただ、まだ積極性が足りていないし、まだ見れていない世界も沢山あると思います。ただ、留学に来ているだけで、「挑戦しているな」「人と関わるのも楽しいな」という心の持ち様になったし、日々の生活で何かワクワクするようなことを感じられていなかったこれまでの自分とは対照的に様々な目標が出来て、これまでの人生で最も大きい体験を得ることが出来ています。ここに来るまでは、言語で躓くことは無かったし、人に助けを求めることが情けない、人に自分の人生を過度に干渉されたくないという価値観からほぼ人のありがたみなどを感じずに気の赴くがままに人生を過ごしてきたわけですが、こちらではそうはいかなかった。現地には当然のことながら友達は1人たりともおらず、肝心の使用言語である英語の技能も幼稚園児未満。そして薄々わかってはいたけど、留学に来ている周囲の日本人と比べても大して英語の勉強をしてこなかったので、最初の1カ月は本当にもどかしい思いでいっぱいでした。今も下手には変わりないけど、幾分成長した英語の能力でスタートラインを迎えられていたら、もう少し友達が多かったかもです。負のタラレバは嫌いだから、水に流します。
しかし、ここ留学先で本当に人に恵まれたなと感じるそんな機会を頂けました。また、これらの出会いから自分から行動は起こすものだし、将来自分も絶対日本語を学ぼうと懸命な人と出会ったときには対価などを一切考えずに、助けになりたいと心から思うようになった素晴らしい出来事の数々です。
現地点でここで親しくしてさせてもらっている数人の日本人を除いて、ここでの私の生活を良い方向に導いてくれた人は主に3人います。
最初の2人はご夫妻です。ここの留学先で長年留学に来る日本人を手助けしているご夫妻で、自分も本当に助けて頂いています。生活の立ち上げから、何まで全て手伝って頂いて本当に感謝しかない。この夫妻を通じて野球好きの現地の友達であったり、ハイレベルな日本人を知ることが出来てプラスでしかない。特にその夫さんには、英語でほぼまともにコミュニケーションが行えず(というより聞き取れなくて)会話そのものに怯えていた最初の時期から今に至るまでずっと献身的に助けてもらっているので、頭が上がらないです。特に私たちにはMLBを観ることだったり、野球を気楽にするのが好きという共通の趣味があり、会う回数や話す回数が増えたことによって様々なことを話し、学ぶことが出来ました。最近は身の回りの問題をディスカッションをする機会を与えて頂いたり、本当に助けて頂いています。多分この方達がいなかったら、大分今の生活は変わっていたし、無理に誰かと接点を持とうとしてこれまた違う道に進んでいたかもです。
そして3人目はある現地の学生です。彼女は1つ年上なんですが、縦の概念が少なくとも学生間では全く存在しないアメリカ社会においては学年関係なく年上も年下も同質に友達です。この文化は好き。彼女はアメリカの学生のリアルな生活の側面を知る場を自分に与えてくれた恩人です。彼女に出会ったからこそ気づいたことなのですが、大学での留学において一番難しい所は、現地の文化にほぼ断片的にしか接触できないことです。例えば、寮にいるアメリカ人と話しても、授業にいるアメリカ人と話しても、そしてそこから一歩進んで遊んだりする機会を得ることが出来てもそれはその個人を知ることが出来ただけであり、(言葉足らずですが、これらの要素も重要だと思っています。)アメリカの大学生一般が何をしているかやどんな文化であるかを知ったことにはならないですよね。もう少し補足を加えると、高校までの留学と大学以降の留学の違いは、現地の学生と過ごすことのできる量の差にあると思います。高校であれば、朝から夕方までクラスメイトと過ごして、部活で別の生徒と話してといった感じで、空間や時間の多くを現地学生と共有しているから、言語と共に留学先の文化一般も学びながら生活することが出来るのだと思います。しかし、大学の留学(少なくとも私の形態のもの)では、普通に生きていれば授業でしか学生と話す機会など存在しませんし、以前も書きましたが彼らは授業が終わったら居残ることなどなくすぐに散っていきます。そんな中でリーダー気質、成績優秀、多才、社交的、顔の広さ、英語が喋れないことに対する理解を全て兼ね備えた彼女と出会えたことは何という幸運という感じです。彼女とは、学校が留学生向けにオファーしてくれた英語を定期的に話して上達を図るために現地の学生と繋がりたい学生がmenteeとなり、そしてなぜか英語を話せない人と繋がりたいと進んで申し出てくれる聖人のような学生をmentorとして繋げてくれるプログラムで知り合いました。初めて彼女と会う前には、無茶してでも第一印象を良くするために明るくいこうと気を張っていましたが、初めてまともに話した学生がゴリゴリの1軍アメリカ人の彼女だったので、すぐに圧倒されてしまい無理することも出来ず、真面目モード全開かつ自分の持ち味である比較的誰とでもコミュニケーションを取ることすらもままならずに終わってしまった、そんなほろ苦い出会いからのスタートでした。正直、一発目で自分を何一つ出せなかったし、取り繕うことすらも出来なかったので、勝手に嫌われたかな、終わったなとお得意の被害妄想をしていました。でも彼女は忍耐強く接してくれて、特に会わなければいけない頻度が定められているわけではないのに、どんなに忙しくても定期的に会う機会をくれて、徐々に私が自分を出す機会を与えてくれています。そして、そのプログラムを超えて、彼女が身内だけでやっているハロウィンとフレンズギビングのホームパーティーにわざわざ私を招待してくれて、彼女のお友達とも話すことが出来たし、何よりアメリカの大学生のリアルを垣間見ることが出来て、本当に最高の体験をさせてもらいました。彼女と出会っていなかったら恐らくアメリカの学生の生活感なんてほぼ何一つ知ることなく留学生活を終えるところでした。あとは、思考の面でポジティブになれました。ある時自分が話したいことがうまく言えずに、「英語マジで下手だよね、ごめん。」的なことを言ったら、私とナチュラルスピードで会話出来ている時点でバイリンガルなどと言ってもらったり、ネガティブを言うと直ぐに真剣なトーンでポジティブに変えるためのことを言ってくれるので、メンタルや考え方の面で改善点に気づくことが出来てありがったです。真面目に考えることとネガティブに考えることは違うと気づきました。人の本性なんてそう簡単に変えられるもんじゃありませんが、意識しなければ変わらないので、極力プラスに考えることを意識たいと思うきっかけになりました。そんな彼女も今学期で卒業して次の秋からは違う都市で就職してしまうので、甘えることができるのも何だかんだ今学期まで。つくづく思うのが主要なイベントが冬に固まっていて良かったです。そのスケジュールのお陰で恩恵を得られたので。唯一残念なことが、彼女が日本を訪れるのが1月であるということです。彼女の就職の時期的に仕方のないことなのですが、こちらは通年採用かつ4月入学、9月入学両方可、卒業は一律ではなく単位を取り切ったその年度の学期末なので、それが私のスケジュールとは合いませんでした。9月卒業であれば、夏休みに訪れてもらって恩返しを出来たのになと心残りがあります。これを書いている間から学期が終わるまで、まだ数回会えるチャンスがあるので、色々感謝などを伝えられるようにしないとですね。流石にクソ人間で終わるわけにはいかないと思い、こうして述懐しているわけですね。
この地点で4000字近くになってきました。ここまで書くのに2時間を要していません。この勢いで筆が進めば日本でのレポートなんて期限に余裕で提出できるはずだし、もっと休みが来るのは早かったはず。どうしてこの雑魚投稿と同質に書けないものかとつくづく自分の無能さに落胆しているところです。そして、計画性がないと最初に釘を刺しておきましたが、まさにその通り。ようやくここから最近考えていることを書く次第。読み手の気持ちをガン無視して書いているからこそなせる業なのかもしれませんね。
最近努力をしたいと考えていることは、主に2つです。少なすぎだろという正論は無しでお願いいたします。1つ目は、将来を見据えた志向だけではなく、今その瞬間を楽しむことももっと意識したいなと思ったこと。2つ目は英語を英語圏での使えるというレベルまで早くレベルアップさせなきゃと今になって焦っていることです。特に2つ目は今後に影響してくるので、思考の整理が長くなると予想されます。
まず1つ目は、将来なんて全く考えずに現実逃避していた高校生時代の私と比べれば大きな飛躍で贅沢な悩みですが、もっと今を楽しみたいという思いが芽生えました。特にこちらでは将来のことを真面目に考えつつも目の前のイベントも心から楽しんでいる人が多いので、すっかり感化されました。短期的な視座と長期的な視座の両立といったところでしょうか。結局、「将来将来」と念じていても、どうせ計画なんか予測できない外部性により狂うもんだし、そんな明るい将来として自分が主人公として生きることを想像できる年数もせいぜい自分の今までの人生の年数+5年くらいと考えると、今をもっと大切にして生きないと身も蓋もありませんね。極論ですが、当たり前だと思って翌日を過ごしていたら突然死ぬ人だってこの世の中のどこかには毎日いるわけです。そう考えると、毎日を大切にしなきゃと思えますよね。
次に2つ目。これは何で10年強に渡って教育を受けたにも関わらず、こんな私の英語が低レベルなのだろうという話から始まりますが、結論としては英語を日本人に教えて生計を立てる人以外は、大学生の自由に使える時間が多くまだ頭もギリギリ退化していない(?)時期に大量の勉強時間を確保して、一気に英語で何かを出来る次元まで上げておくべきです。特に私の場合は、大学2年生をそれに捧げずに英語力という面では無為に過ごしました。今の私のような英語力だと英語そのものを学習せざるを得ない時間が多すぎて、限られた時間というリソースを他の事柄に割けないからです。こちらでは英語が使えることがスタートラインで、そこから自分の独創性を出すことで価値が決まってきます。現実的に少なくとも向こう30年の間に日本語が英語のパワーバランスを上回ることはまずないと思うので、学習を完全に放棄することは諦めましょう。自分が50歳になって、新しい言語が台頭していようが、自動翻訳が普及していようが、それらが存在しない今からは正しく評価ができず、英語を学ばなくてよかったは結果論に過ぎないからです。要は、英語で受信・発信をしていくには、さっさとベースを作ってそこで英語で吸収した学びを肉付けしていくことが必要だと今になって気づきました。将来何かを行う上で英語の基礎が無ければ、いつまでも英語そのものの勉強をしながら同時並行でということになり受発信する情報の質・量共に差が出てしまうので、さっさとそのレベルまでもっていかなければなりませんね。もっともこれを書いている自分もまだ建て直せる時間があるうちにこの真理に気づいたので、ここから(2022年12月から)の向こう2年弱は恥を捨てて必死に英語そのものの勉強をして、基礎を作り上げたいと思います。何をしてんだって感じですが、やらないよりやった方が後悔は残らないので頑張ります。今後英語で何かをするために余計なハンデはできるだけ持ちたくないと、留学に来て3カ月半が経った今ヒシヒシと感じています。留学生活を快適に過ごすためには英語をMaxにしてから来いという言葉の意味がようやく分かりました。ただ、ここまでの文脈と共にその言葉の真意を丁寧に説明してくれる人など誰もいないし、私の想像力が不十分であったために気づきが遅かったです。
とりあえず主にこの2点を努力して伸ばすことを意識して当分は過ごしたいと思います。
最後に抱負だったり、今後の投稿について書きます。少し気が早いですが、来期は今期と打って変わり自分の持つリソースの中で現地点で最高の授業を選択できたと思うので、恐らく授業に割く時間が増えます。同時に新天地とはいえ、過ごす期間が増えるにつれて慣れの部分が大きくなり、新鮮さであったり、人への感謝も逓減してしまうので、それがまだ持続しているうちに出来る限りの記録をしておきたいと思います。それが今回のような長文になってしまうか、はたまた短文かは分かりませんが、投稿そのものは継続していきたいと思います。(ブログにこのコンテンツを丸ごと移行する可能性もあります。)
確実に書くものとしては、アメリカ留学で発見したシリーズの第三弾、今期の授業の振り返り等ですね。(これを書いている翌日からファイナルの週なので、頑張ります。)次の学期までに2つの投稿を出来るように頑張りたいと思います。てか今回もエンディングにダラダラ御託を並べてるけど、今までエンディングに書いていることの通りに何ひとつ遂行されていない。
長くなりましたが、ここまで辿り着いてくださった聖人であるあなたに感謝します。あと、フォロー、コメントもお待ちしています!何が気になっているか等を教えてくださると、それを生活の中で意識するようになるので自分の留学生活中の視野がより広がるからです。
別の投稿を読んでくださると作者冥利に尽きます。
それでは、また!
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