プレゼンテーションが死ぬ瞬間。
先日、ある外資系の企業が提供するITツールのウェビナーに参加しました。
そこでプレゼンテーションが
「危篤状態に陥り」「突然死する」
その瞬間を目にしたので、今日はそのことをお話しします。
対面のプレゼンテーションでもしばしば発生する非常事態ですが
今回はウェビナーでも同様の悲劇が起きることがよく分かりました。
そのウェビナーが紹介しようとしていたITツールは非常に優秀でした。
提供する機能の高さもさることながら「ノーコード」、つまり
まるで呪文のように難解なプログラミング言語を覚えて
それでソフトウェアを設計・構築する必要がないのがウリでした。
「エンジニアじゃなくてもソフトウェアが開発できる」と言われ
その敷居を下げることに大きく寄与しているアプローチです。
しかもウェビナーはそのツールの「超基礎」と銘打っていました。
ウェビナーはまず、そのツールの全体概念の話から始まりました。
そしてその概念を理論的なアプローチの話に置き換え
それを支える技術の一つひとつを事細かに紹介していきました。
コンポーネント(そのツールを構成するパーツとなるツール)や
既存の他ツールとのスムーズな連携を可能にする技術など
細部に至るまで正確かつ詳細な説明がなされました。
熱のこもった口ぶりからは、おそらく開発者としては
最もアピールしたいポイントであることがよく分かりました。
さらにその後のパートが扱う話の中に出てくる専門用語をすべて挙げ
まるで辞書のように一つひとつを事細かに定義していきました。
自分たちの製品の優秀さについて、一つの誤解も取りこぼしも許さない。
そんな気合いというか、思い入れが感じられました。
果たして聴衆もその熱気に取り込まれていき…
とは、ならなかったんです。ところが。残念ながら。
このウェビナーは全体で予定していた5時間のうち
半分強に当たる約3時間をひたすらそのような内容、つまり
概念、理論、技術、用語定義などに費やしたのです。
「質問があれば随時どうぞ」「ここまででご質問は?」と
ときどき理解の確認がなされるのですが、誰も手を挙げません。
MCから指名で当てられた人も「特にない」と。
ある程度の事前知識や経験がある方々が集まる会は
往々にしてそうなるものの、👍や😃などの反応もなく
聴衆の一人でありながらボクは無反応さが気に掛かっていました。
開始から1時間半が経ち、初めての休憩(5分)が取られました。
「超基礎」との触れ込みでしたがエンジニアでないボクには
それでも分からないことが多かったので
急いでネットで調べたりしてキャッチアップを図りました。
休憩が終わる時間が来たので再びウェビナーに戻ると
「まだ戻ってない方がいらっしゃるので少し待ちましょう」
とのこと。何人ぐらいかな、と参加者リストを確認してみたら
確かに開始時の200名に比べて30人分ぐらいかな?短い。
全員揃ってないことは分かるけど細かい人数は?というぐらい。
それから5分待っても駆け込みで戻る参加者はあまりおらず
ウェビナーは再開されました。
まず30分で用語定義の残りを片付けてから
過去のツールや競合他社のツールとの比較が始まりました。
非常に明快、かつやや攻撃的な(笑)説明でしたが
この頃からボクはついていくのが少ししんどいなと感じていました。
ちょっと期待していた内容と違ったな、とも。
さらに1時間半が経ち、2度目の休憩(5分)に。
そして休憩が終わった後に、懸念していた事態がおきました。
聴衆が戻って来ないのです。
その時点で参加者リストに名前があるのは約40人。
つまりトータルで8割近い160名がログアウトしてしまっていました。
主催者のMC役は、休憩時間の延長を告げるコトバは冷静なものの
進行のギクシャクさからは明らかに困惑したご様子が窺えます。
「あぁ、このウェビナーは死んでしまったな」と思いました。
10分待ってウェビナーは再開されましたが
推測通り、参加者は最後まで1人も増えないままでした。
ボクもここから先はウェビナーの画面と音声を横目に
別のPCで他の作業をしていたので、ウェビナーは流れてるだけ。
こうなるとプレゼンテーションは非常に空虚になります。
対面プレゼンテーションで起きると非常に残酷な絵になります。
(そのようなシーンを目撃したことは何度かあります)
聴衆の顔が見えないウェビナーであることがまだ救いでしたが
話者の妙にテンションの高い口調と聴衆からの全くの無反応から
いかに不活性な時間であるかが十分に伝わってきました。
どうしてこのプレゼンテーションは死ななければならなかったのか。
内容はこの会社が自信を持って世に売り出すITツールの話であり
その価値は高かったはずですし情報にも誤りはなかったはずです。
では何を間違っていたのかというと
「ターゲティング」を致命的に誤っていた
ということだと思います。内容以前の問題です。
実際、この会社はこのITツールが
「何をするためのもので、実際何をどううまくできるのか」
については周辺情報や前提から周到に演繹的に組み立てていました。
一方、「ノーコード」「超基礎」と大々的に銘打ったウェビナーに
参加したい人の多くはプログラミングやコーディングの知識・経験が
おそらく乏しいか皆無の方々だと思われます。
そしてそこに集まるということは、何かしらのぼんやりした興味や
期待を持っているだろうということです。
この人たちに最初に説いて見せるべきはおそらく理論や技術ではなく
「こんなことができる」というユーザエンドの例示です。
つまりそのツールの他社への導入例や、このツールを使うことで
完成された実際の製品やサービスのデモでしょうね。
実は、ウェビナー前半で質問を(やや強引に)求められた聴衆が
「質問はないが、デモ版は提供してもらえるのか」
「ケーススタディはないのか」
という主旨の回答をされることがちょいちょいあったのです。
ボクも1度目の休憩時間中に主催の方へテキストチャットを送って
「もう少し具体的な話をしていただきたい」
と謹んで指摘したのですが
「ケースによってこのツールの使われ方は微妙に異なるので
具体例をお見せしてもこのツールの本質は十分に説明できないし
理解もある角度からの断片的なモノに留まってしまう。
やはりマニュアル的にABC to Zをすべて理解するプロセスを
クリアしてからケースを見たり実物を触ることで
その価値を必要十分にご理解いただけるものと思われる」
とのご回答をいただいてました。
うん、分かります。その言い分は分かりますよ。
ですが現実は、8割の聴衆が付いて来なかったわけです。
これまで前職で長らく広告やITなどのグローバル案件に携わって
日本と海外の専門職を橋渡ししながら感じてきたのですが、
彼らはモノを説明する際に主張が先に来て紐解きが後に来がちです。
前提や理論からスタートして具体例は後に来る。演繹的とも言えます。
一方、日本人は(特に日本企業で決定権を有する人たちは)
帰納的な思考をする方が多いように見受けられます。
理屈ではなく事例をとっかかりにして理解しようとする。
いくつか複数の導入例など具体的なケースを紹介してもらって
たとえ歪でも断片的でも構わないのでまずは見えるイメージを得て
そこで自分なりに腑に落ちたモノや興味が湧いたモノについて
詳細な理論や理屈を五月雨式に掘り下げていこうとします。
実際、海外のパートナー企業やベンダーから
「どうして日本ではあんなに『デモが見たい』と言われるのか。
デモはそれぞれのひとつの具体例に過ぎないから出番は一番最後。
まずは根っこを理解しないと全体が分からないのに」
と問われることが非常に多く、そのたびに
「そういう演繹的なアプローチだとついて来ないと思います。
実際に見て、触れて、イメージを得てから裏側に手を伸ばすという
実務的、帰納的な人が多いので」
とアドバイスすることが多かったです。
まとめると、今回は
「外資系企業が、知識レベルが低いと想定する相手を想定し
まずは教育(education)からスタートして
自分たちが核心だと考える点を先出しするウェビナーをした」
その結果
「日本の聴衆は、小難しい技術や理屈など知識レベルが高くないと
興味が持てない内容に始終し、自分たちが最も重要だと考える内容に
一向に触れないウェビナーに嫌気した」
という真逆の効果を生んでしまいました。
そしてこのプレゼンテーションは約3時間の辛い危篤状態を経て
有効な手が打たれることなく残念な死に方をしました。
冒頭で申し上げた「ターゲティングの誤り」とは
謂わば「初心者」を対象としたこと自体は間違えていないし
実際そのような人たちを呼ぶこと自体には成功しているのですが
「初心者」のインサイト(気質や考え方、ニーズ等の洞察)を
決定的に誤ったという意味です。
ターゲティングの正しさや深さは
広告などのマーケティングコミュニケーションの世界では
企画の序盤に重要なポイントとして盛んに議論されることですが
交渉事や議事進行など様々なビジネスシーンのアプローチを決める際も
重要な着眼点だとボクは認識しています。
特に話者と聴衆の世代や国籍、文化、生活環境等が異なる
広義の多文化なプレゼンテーションやスピーチ、
ウェビナー等の成否には非常に大きく影響します。
ここをしっかりと意識せず、自分たちがやり慣れていたり
自分たちの理屈で整然としているとか丁寧であると感じる構成で
話を組み立ててしまうと、今回のようにプレゼンテーションが死にます。
どうしようもない内容のモノが死ぬのはしょうがありませんが
「無実の人が誤解で非業の死を遂げる」ような悲劇は避けたいですね…
それは防ぐことができる悲劇なので、なおさらです。
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