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ヘルパーという仕事

排泄介助を終えて、
洗面所で手を洗って頂く。


歯磨き、入れ歯の洗浄を手伝い、洗面台脇にあったプラスチックのスケルトンブラシを渡す。

昔からやっていた手つきで、きれいな銀のショートヘアに櫛目が入る。

口紅なんか縫ってなくても、素振りに女性らしさが溢れてて、

「今日もお綺麗ですよ」


と伝える。


「あらまあ」


笑って嬉しそうに鏡越しに視線が合う。


タテ長の鏡を写真に見立てて


「こうやってお写真撮りたいですね」


と座っているお客様の肩に手をのせてポーズを取るふりをしてみる。


「あら〜、姉妹?親子かしらね」


ニコニコと体を寄せてポーズに合わせてくださる。


「あなたの下のお名前は何て言うの?」


「◯子?あらいいお名前ね」


◯子という名前は、幼い兄が近所で好きだった女の子の名前からもらったこと、

もっと思い入れのある名前が良かったと自嘲気味に伝える。


「いいえ、とってもいい名前よ。」

「◯子で絶対、間違いないわ。」


私の方に向き直って、真っすぐ目を見てお話しくださる。


それまで瞼が重そうにぼんやりしていたお客様の瞳がパチっと開いて、
すーっと奥まで見える。


「そう言って下さると勇気が湧きます。」


お客様の真っすぐな本気に少し恥ずかしくなって、おどけてガッツポーズを作って返す。


「本当よ。間違いない。」

「ね、◯子、◯子〜。」


何度か下の名前を呼んでくださる。

心の芯があったかい。


「今日はお会いできて嬉しかったです。ありがとうございました。」


ベッドに戻られたお客様の冷たい手に握手をすると、

「また来てね、◯子」


瞳の奥から言葉をくださった。


このお客様は時折
「今日はそっとしておいて」と仰る。

心の機微のある方。

その扉をゆっくり丁寧に鍵を開けると、深くて熱い心が眠っている。


人生で沢山の困難を乗り越えて来た人の温度。瞳の奥の強さ。


ヘルパーはひらりとお客様の前に現れて、ひらりと帰って行く。


その一瞬で鍵を開けることに図らずと成功すると、お客様の心根の美しさに感動する。


ずっと宝物を見つけられるのを待っていたように、お客様は笑う。


ヘルパーしか味わえない取っておきの時間だ。

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