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【交換日記】クリスティで一番怖いと思う本のこと

2019年8月15日 グアテマラ・R・マヤ

ぐりこちゃんから交換日記を受け取りました!なぜか古今東西の文学作品を沢山読んでいると褒めてくれたけど、最近は全然本を読んでいないよ。しかも数少ない読んだ本が若林正恭「ナナメの夕暮れ」と山里亮太の「天才はあきらめた」の芸人もの!十代の頃は芸能人が書いた本なんて薄っぺらいと思っていたけれど、三十代になると色々と感じるものがあったりして意外と楽しかったりする。

早稲女同盟はみんな読書好きだと思うので、子供の頃の読書体験を聞くのは楽しい。ふしぎちゃんも好きだった「こまったさん」「わかったさん」シリーズは私も全巻読んだなぁ。


私の家は残念ながら全然本を買ってくれなくて、家には絵本も含めてほとんど本がなかった。お小遣いで必死に集めた漫画だけは山のようにあったけど。
そんな残念な家庭環境だけど、ひとつ恵まれていたことは図書館が自宅から徒歩1,2分のところにあったこと。地域の集会所に付属された図書室のような、本当に小さな図書館だった。家から近かったので小学校に入る前からよく一人で行っていて、そこで色々な本を読んだ。図書館と呼べるのか怪しいぐらい狭いスペースだったけど、一人で気になる本を好きなだけ読むことができる、私にとっては大切な場所だった。ぐりこが評価してくれたのは、もしかしたらあの図書館で読んだ本のおかげなのかもしれない。


最初は簡単な児童書から始まり、だんだんと読む作品も広がっていった。中でも好きだったのがシャーロック・ホームズシリーズとポワロとミス・メープルのアガサ・クリスティ作品の推理小説もの。聞き慣れない名前や地名、イギリスの風習などに基づく単語が新鮮で、ちょっと大人になった気分になりながらわくわくして読んだことを思い出す。当時読んでいた岩崎書店のホームズシリーズは見返し(つまり本を開いた最初のページ)にロンドンの地図が載っていて、その地図を見ながらロンドンにいる気分で読んだ。数年前初めてロンドンに行った時に、ハイド・パークやヴィクトリア駅などホームズでお馴染みの地名が実在していて感動した。(懐かしくなって調べたら、岩崎書店のホームズシリーズは新装版になっていて、挿絵も今風の漫画タッチなものに変わっていて少しがっかりした)


クリスティの作品は「オリエント急行殺人事件」や「ABC殺人事件」など定番ものから入って、短編も含め主な作品はほとんど読んだと思う。一時期あまり読まなかったものの、二十代後半にふといくつか読み返してやはり面白かった。未読だった作品も新たに読んでみて、その中で抜群に面白いと思ったのがアガサ・クリスティ作「春にして君を離れ」だ。この本はクリスティにしては珍しく誰も死なないし、何も事件が起きない。ミステリではないが、私はクリスティ作品で一番怖い本だと思う。

イギリス人中年女性がひとりバグダッドに住む娘を訪ねた帰り道、悪天候により何もない砂漠の簡易宿泊所に足止めにあってしまう。最初は、たまには何もせずぼんやり考え事をしたい、などと言っていたがすぐに退屈すぎて飽きてしまう。読む本もなく電話もつながらない陸の孤島のような場所で、やがて家族のことや昔のことを色々と考え始める。弁護士として活躍する夫や成人しそれぞれ独立した三人の子供達がいて、幸せな人生だと思っていた主人公。しかし考えるうちに自分は家族と心から向き合わず、その結果皆から疎まれているのではないか、と思い始める。

主人公は今風に言えば毒親なのかもしれない。自分の理想を夫や子供に押し付け、彼らの本当の気持ちは無視し自分の思い通りに動かそうとした。その結果、三人の子供のうち二人は逃げるようにアフリカ・ザンビアと中東・バグダッドへ移り住み、夫も彼女の長期不在に嬉々としている。でも、主人公が飛び抜けて性格が悪い訳ではなくて、割とよくいるタイプだと思う。

しかし恐ろしいのは、五十手前で初めて考える時間を持つまで、疑うこともなく自分の作り上げた世界で幸せだと信じていたこと。もしかすると死ぬまでそのまま信じ続けられた方が幸せだったのかもしれない。疑念を抱いた主人公が、イギリスという現実に戻った時にどう動くか。それがまた怖い。


信じていた世界が信じられなくなる怖さ。読みながら自分はどうか、自分の世界は本物なのか、どんどん怖くなってきた。もし二十年経った時に、実は夫が自分のことを疎んで、ある種の恨みまで抱いていたと気づいたら。家庭という自分の世界が信じられなくなったら。クリスティが描いてきた殺人事件は勿論残忍な犯罪なんだろうけれど、非日常感があるから別に怖くない。しかしこの本は、砂漠の中という舞台を除けば話は平凡でリアルな世界だ。本当に怖いものはなにか。ミステリの女王が描くからこそ説得力があると思う。

なんだか夏の怖い話みたいになってきたけど、でもおすすめの一冊。キンドルなど電子版の方が確実に手に入るけど、大型書店なら見つかるはず。

さて、お次は橘まりこ!最近元気が出ないので、気持ちが前向きになるような、もしくはまりこさんが元気がない時に読む本があれば教えて!

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