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『「仮面浪人説話集」(生方聖己とされる)』 第20章


湘南新宿ラインは比較的退屈である。
何せ高崎に着くまで2時間はかかる。そして最初はほぼ確で座れないので寝れもしない。普通は5Sがないと退屈で死にかけてしまう。
ところが、その日は何も苦痛ではなかった。渋谷で車両に進出した瞬間、ぎゅうぎゅうに押しつぶされて、それがしばらく続いてもである。


センターが始まる前、自分は「センターが終わっても気を抜かず、すぐに一般試験に向けて切り替えよう」と強く思っていた。要するに、世でいう “センターぼけ”というものにびびっていたのである。
万が一センターが大成功に終わってしまった場合、“二浪回避”、社会的立場の確保“という安心感から、本来の目的である”復讐”を 一時的に忘れてしまうことは自分の性格上確実であった。
そのため、対策としてまずは早稲田大学一般試験に向けた、まだ終わり切っていないルートの参考書を2、3冊持っていき、センターが成功してしまった後にすぐ切り替えて湘南新宿ラインでその参考書をさんざん開くイメトレをさんざんした。
今考えてみるとまあ贅沢なイメトレである。 ところが、そんなにイメトレをしていたのにもかかわらず、いざ本当に成功(何回も言う が、この時点では全くもってまだ採点していないが)してしまったら、参考書など開けるはずがあろうもなかった。

この時は気が抜けたというより、シンプルにうれしくて浮かれていた。
そして、電車に揺られながら、「そろそろ大手予備校が続々解答速報を出しているころだな」と思いながら、早く採点するのが待ち遠しくてしかたなかった。(5Sが生きていたらすぐにでも見れただろうが、そうすると、発表直前まであの緊張した状態でスクリーンにへばりついていないといけなく、あの時間は非常にしんどいと現役時の時に学んだため、今回ばかりは5Sが死んでいて良かったと思った。)

電車の中で自己採していると思われる学生もいた。全く無表情でやっていたため、成功しているか失敗しているかはわからなかったが、人間なので「少し失敗してろ」とか思った。


そうこうしているうちに本庄に、神保原に、新町、倉賀野、そして高崎に着いた。
深夜0時付近は、群馬随一の発展都市である高崎といえど、基本的に駅周りにはあまり人はいない。「さすが群馬随一の発展都市だ」とか思いながら、そこから徒歩20分かかる自宅に向かう。心の高揚から、寒さは全く感じずスーツケースを引っ張りながらスキップして歩いた。
ただ、家に近づけば近づくほど、緊張してきたのも事実。
現実と対面しなくてはいけない。今までは確かにいつもよりは信頼できる根拠を基にはしていたものの、虚構により生まれた感情に頼りながら歩いていたのも事実。



家に着いたら、父はもう寝ていて、母は仕事。妹だけ起きていた。
自分はリビングに着き、即5Sをコードにさした。充電がある程度溜まるまで、妹が年末のガキ使を見ていたので、それを少し見る。そう言えば久しぶりに笑った。そんなことをしている間に充電は溜まり、ふー っと息をついてから部屋に向かった。

まずネットで「解答速報」と入力する。
わんさか出てくることを確認し、スーツケースから問題冊子を取り出す。
机に置く。
急に心臓がばくばくしてくる。





最終章となる第21章へと続く…

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