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ねことわたしと、自分探し

皆さま、こんにちは
わさびです。

最近《自分探し》をしています。
自分に素直に、他者に対して心から
思いやりがもてる、
そんな人になりたいからです。

叶えるためには壁が大きすぎて、
何からどのように向き合うことが必要なのか
それすらわからないのが現状です。

以前、受動型ASD(アスペルガー症候群)と
診断されたことがあります。
基本、空気が読めず「一般的」がわからない。
流されやすい性質で「本当はこうしたい!」と
思っていても言えない。
意見を拒否されるのが怖い、
誰かと揉め事になるのが怖い、
少しの指摘が怒られているようで怖い、
一般的な間合いが分からず、人が怖い。
だから、他者の意見に「いいよ」と伝えて、
笑って、何も起きないように過ごしてきました。

仕事は「いいよ」だけでは通用しない

18歳を迎え、就職。
仕事という環境の中では、
《いいよ》が通用せず、意見を聞かれる。
「どうしたい?」「これどう思う?」
私の答えは「…い、いいんじゃないですか?」
「いいんじゃないですか?ってさ…」
「なんか興味なさそうな返事だね、もういいよ」
こうして周りが離れていく。

そう、相手がいつも《決めてくれる》のを
待っているのが私の正解になってしまい、
本当に何も感じない、自分の意見を持てない。
そんな人になってしまった。

なんとかせねばと、自分の意思をもって
仕事をしていていると、
「みんなと同じようにしてくれる?」
「1人で仕事してるんじゃないんだから」
「考えればわかると思うんだけど」と
指摘を受ける。この指摘が怖くてたまらない。
だから、動けなくなる。

考えている《つもり》でもそれは私個人の意見。
社会と協調しながら意見を持つという感覚が
全くないために、誤った意見で進んでしまう。
人とかかわることが怖い、という先入観が
拭えず、誰かに聞くこともなく、相談できず。
社会に出て約20年。未だにこの状況を
抜け出せずにいます。

ねこと暮らして見えたこと

約5年、2匹のねこと一緒に暮らしています。
ねこは自分に正直です。
かまってほしい、ほっといてくれ、
寝るぞ、ごはんだ、こっち来い。
羨ましいくらいに素直な子たちです。

初めのころはよくわからず、
「こうしなきゃ」「これはどうなんだ」と
ネットで調べて、本を読んで、
いろいろ自分なりに考えながら
お世話をしていました。

ある日。
それは、撫でられることが嫌いなぽてとに
いつもより優しく触れたときのこと。
「あれ?逃げない。喉鳴らしてる」
「このくらいなら撫でて大丈夫なのかも!」
新たな発見に喜んだ次の瞬間。

「ちゃんと細かいところまで見てなかったんだ」
「ちゃんと向かい合ってなかったんだ」
「私が何をしたいかが優先になってたんだ」

触られるの嫌い、ぽてとくん

この気づきはとても大きかったです。
なぜなら人とのかかわりも、
きっと同じなんだと思ったから。

他者に対して心から思いやる、それは
他者が何を感じ、何を考え、何がしたいのかを
ちゃんと向かい合って、見つめること。

その上で自分の素直な気持ちや、考えを
伝えることがコミュニケーションなのだろうと。

正直、この気づきが正しいか
これをすれば他者に対して
本当に思いやりを持った行動につながるか。
自信は、ありません。
それでも何か1つ《自分から》変われたら
何か見つけられるかもしれない。
今はそう願って動きたいと思います。

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