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遺影を撮った。

理由は分からないけれど記憶の片隅に残っている場面って誰しもあるのではないかと思う。
祖父が亡くなった時に、遺影を決める時の葬式屋さんと家族の会話の場面を何故だか覚えている。
遺影は笑っている顔をと言われたのだけど、祖父はあまり笑わない人だったから、家族で写真を探した。数年前のだけど祖母と撮った写真がいいってなったので、そこを切り取り背景を合成のなんとも言えない青になって、それが祖父の遺影になったのだ。

自分は機能不全の家庭で育ち、ゲイとうつ病であることをカミングアウトしたら、精神的なDVがひどくなり親から逃げた過去がある。そこからも共依存を抱え、時に希死念慮が強く、自分でもどうしようもない体調の波と一緒に生きている。うつ病はもう何十年抱えてるか分からない長さだ。死にたくて死にたくて仕方がない時間が突然来る。自分でもどうしたらいいのか分からない。

ここ数ヶ月の自分は、どのように死ぬかということばかり考えて生きていた。きっかけはお盆のあたりに実家の色々を思い出したことだった気がする。味わったことがある人は分かるかもしれないが、死ぬことだけを考える時間はすごく苦しくて、耐えがたいものである。
タイミング悪くTVからは、有名人が自死したとセンセーショナルに報道されていた。ウェルテル効果や、WHOの自殺報道ガイドラインなど全く知らないであろう人たちが勝手に、どんなふうに自死したのか、どんな状態だったか、遺族はどうだ。死ぬことを選んでも、消費され続けている彼らはどうしたらこの状況から逃れられるのだろうか。

自分が死んだ後のことを考えると、死んだら死体でも両親のもとには行きたくないなとか。葬式とかあるんだろうかとか。墓とかどうするんだろうかとか。どこでどう死ぬのが一番誰にも迷惑をかけないのだろうかとか。色んなことを考えていた。皮肉にも最後に思ったのは、少しでも長く誰かの記憶の中に留まっていて欲しいということだ。そしてそのための遺影を撮ろうと決めた。

自分の遺影は、自分を覚えておいてもらうだけでなく、自分のような孤独な誰かを温めうるものになったら、一筋の光の祈りのようなものになればいいなと。そして写真の中だとずっと誰かの中で生きることができるのではないかと思った。その写真を撮ってもらう人は自分の好きな写真や言葉を紡いでいるトナカイさんという人が一番イメージに合うのではないかと思った。

決定的だったのはこのツイートだと思う。ある俳優が自死したニュースがひたすら流れてる時、みんながTwitterで死ぬなと必死で呟いていた。だけど、それは一瞬でも僕の中に留まらずどこかへ消えてしまった。

そんな中、トナカイさんの呟きが目に止まった。
自分は「わかる」と言う人が苦手だ。
自分の何が分かるというのか?と心の中でいつも思ってしまう。
この呟きの暖かさに僕は数秒でも救われた。


しかし、遺影を撮ってほしいとお願いして引き受けてくれるものなのだろうか。もしかしたら、その写真で最後になるかもしれない。その決定的な瞬間を決めてしまう残酷さを押しつけてしまっていいのだろうか。死と向き合う時間が長い分、その重さを自分なりに考えてはいるつもりだ。だからこそ、この暖かく優しい人にお願いしていいのかすごく悩んだ。
だけど、もし撮ってもらえなくても、この人は僕のお願いをどう反応してくれるだろうか。きっと無下にはしないだろうとDMを送った。そして数回やり取りをしトナカイさんに自分の遺影を撮ってもらうことが決まった。


遺影といえば皆さんはどんなものがいいと思うだろうか。撮るにあたって、どんな表情で、どんな服で挑むか直前になって悩みだし友人に聞いた。一番のおしゃれをすると言った人や、一番大切な人に向けている顔の表情がいいと言った人、様々だった。だけど自分はどれもしっくりこず、だから少し投げやりでシンプルにTシャツにした。一応、リュックに思い入れのあるTシャツも詰めていった。

撮影の日、自分で言いだしといて自分が被写体で誰かの光となる写真は果たして本当に撮れるのか不安だった。トナカイさんのカメラのレンズを見ているとなぜか涙がこぼれそうになって、でも流れなくて、自分の感情もよく分からなくなった。気付いたら撮影は終わり、それから動けなくなってひたすら部屋に閉じこもって寝ていた。トナカイさんから写真が送られてきたのは、撮影の次の日だったが、きちんと見ることができたのは、数日後だった。

写真の自分の顔を見ると、複雑で何を感じているのか分からないような表情をしていた。
もし自分が死んだ時の遺影はどれがいいか、正直言うと自分はどれもピンときてるようで、きてなかった。
そこで色んな人に写真を見てもらった。遺影と言わず見て選んでもらったり、遺影と説明して選んでもらったりした。全部で48枚の写真の中、それぞれみんなが違う写真を選んだ。この中には無いと選ばなかった人もいた。ある友達がやり取りの中で「でもさ、全部おーけーがする表情するよなぁ」と言った。

人間って不思議だと思うのだけど、同じように見えても、表情は一瞬一瞬、色を変えて。人によっても同じ顔でも受け取り方が違って。友達に見て選んでもらった写真はどれも異なり、それぞれ好きな表情があって、理由があって。誰かに覚えていてほしくて、その一心で必死になっていたけれど、もうすでに覚えていてほしい人たちの中に色んな自分が生きているのかもしれないと思い始めた。

もし今回撮った中で選べと言われればこの写真を選ぶかかもしれない。誰かを温める光の写真ではないかもしれないけど、あなたの中で好きな表情の自分がすでに生きていてくれているとしたら、きっとこの自分はあなたの好きな顔をしていると思う。
けれどこの時、僕の本当にしている顔を知ってる人は誰もいない。


1ヶ月後、この写真が現像され額縁に入れられたものがトナカイさんから送られてきた。こうして携帯やPCを通じてみる写真よりも比べ物にならないくらいリアルで重く感じた。額縁の写真を持つ手が少し震えた。あの時の感情は今でもなんて言ったらいいのか分からない。

間違いなく自分は生きていたのだ。自分は生きているのだと。こんなぼろぼろで今にも壊れそうになりながらも。そして、今日一日も生きることができた。その事実はこれほどにないぐらい尊く、愛おしいものだと初めて思うことができた。深く呼吸をする。夏が終わった。秋の匂いがする。