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温室効果ガスの漏出検知や感染症の流行予測。Satellogicが想像する衛星データの民主化の先にあるものとは?【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#6】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

今回登場していただくゲストは、地球観測事業を手掛けるベンチャー企業Satellogic(サテロジック)で事業開発を担当しているトーマス・バン・マートルさんです。衛星データが社会にどのように貢献していけるのかを議論しました。

1機に3つのセンサを搭載、Satellogicのチャレンジ

©︎小山宙哉/講談社

せりか:トーマスさん、はじめまして。Satellogicのことは、日本でもよくニュースで目にしますよ。アルゼンチンの会社ですよね?

Satellogicのトーマス・バン・マートルさん

トーマスさん:よろしく、セリカ! 私たちSatellogicは、衛星データの民主化——政府だけでなく、個人の方など誰にとっても使いやすい衛星データの提供を目指している企業です。セリカがいう通り、Satellogicのルーツは、確かにアルゼンチンにあります。ただ、“本社”というのは設けていません。オフィスはアルゼンチンとアメリカにあり、衛星を製造する工場はウルグアイとオランダにあります。さらに、スペインには衛星データの解析を担う拠点があります。

せりか:なるほど。グローバルに活躍なさっているのですね! 4月1日には、SpaceXのFalcon 9で衛星を打ち上げたと聞きました。

トーマスさん:はい。5機の衛星の打ち上げに成功し、宇宙空間にある衛星は22機となりました。さらに6月には4機を追加で打ち上げる予定です。

せりか:つまり26機体制になるのですね! ところで、Satellogicの衛星はどのような種類のものなのでしょうか。

トーマスさん:Satellogicの衛星には、「マルチスペクトル」、「ハイパースペクトル」、「60秒間のビデオ撮影」の3つの撮影モードがあります。

せりか:この3つの機能がひとつの衛星に全て入っているのですか?

トーマスさん:はい! 従来は1機の衛星に一つのセンサが搭載されるのが一般的でした。1機の衛星に複数のセンサが搭載されていれば、同時に同じ角度のデータを取得できるようになり、解析して得られる情報の幅も広がります。これは、前例がないことだったので、挑戦しようということになりました!

せりか:やはり先進的な取り組みだったのですね! 衛星のセンサの種類には様々なものがありますが、この3つのセンサを選んだのはなぜですか?

トーマスさん:良い質問ですね。Satellogicが持つ技術の最適化を考えたところ、マルチスペクトルとハイパースペクトルとビデオ撮影の3つのセンサになりました。今は引き続き顧客のニーズを探索しているところです。Satellogicの研究開発のサイクルは9カ月なので、何か問題が見つかった場合でもすぐに解決に向けた対応策を打てます。

衛星データで温室効果ガスの漏出を検知

せりか:Satellogicは「衛星データの民主化」を目指しているとおっしゃっていましたね。民主化を進めるなかで、特に社会に貢献できていると感じている分野は何かありますか?

トーマスさん:Satellogicだけでなく、地球観測事業者の全体での話になりますが、気候変動や温室効果ガスの排出量のモニタリングについては、かなり貢献できていると思いますよ。

せりか:世界中でカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが加速していますから、気候変動や温室効果ガスの排出量のモニタリングは需要が高まっていきそうですね!

トーマスさん:特に今後ニーズが高まっていきそうなのが、温室効果ガスの漏出検知です。工場やパイプラインなどから、メタンや硫黄酸化物が漏れ出ていることをデータ解析より検出できると考えられています。ハイパースペクトルセンサは、鉄が酸化してできるサビを発見できるので、温室効果ガスが漏出する予兆も解析できるかもしれません。

せりか:2021年10月に開催した「WARP STATION Conference Vol.1」では、愛知県豊田市・上下⽔道局で⽔道の維持管理を担当されている職員の方に、衛星データを用いた漏水の検知についてお話していただきました。その際に、人員と予算が限られているなかで、全ての管理区域を点検しに回るのは難しいとおっしゃっていました。

衛星データを活用したインフラ監視。課題はコストと人材の不足【WARP STATION Conference Vol.1 レポート②】

工場やパイプラインも衛星データを活用できれば、頻度高く点検できるようになるので、温室効果ガスの漏出量を削減できるようになりそうですね!

トーマスさん:そうですね。持続可能性の観点で私たちが重要視しているのは、アクセシビリティ——つまり、衛星データの付加価値をどれだけ多くの人が享受できるかということです。Satellogicが今、力を入れているのは政府向けですが、今後は個人向けにも衛星データやソリューションを提供し、持続可能な社会の実現に貢献していきたいと思っています。

ハイパースペクトル×医療でできること

せりか:これまでにこの連載企画に登場していただいたゲストの皆さんは、衛星データがリアルタイムにダウンロードできるようになれば、事業や社会貢献により役立てられそうだとおっしゃっていました。Satellogicでは、衛星データをより早く地上でダウンロードするために、何か技術的な工夫を行っていますか?

トーマスさん:はい。例えば、Amazonの「AWS Ground Station」を活用して、衛星データを迅速に地上に下ろし、AWS上でデータを直接分析・処理することで、レイテンシ(遅延時間)を削減しています。

宇宙空間にある衛星の機数が増えて、データを頻繁に取得できるようになってきたことで、実務で利用するユーザーが現れて「さらに更新頻度を上げてほしい」と要望が出るようになったのです。その要望に対応するために、衛星間通信や光通信を活用しようとする動きが出てきています。

せりか:地上局を増築するのではなく、衛星間通信や光通信を活用するメリットはどのようなところにあるのでしょうか?

トーマスさん:地上局を建設するコストは変わりませんが、衛星の打ち上げにかかるコストは下がってきています。このままさらに打ち上げにかかるコストが安くなっていけば、衛星間通信や光通信を利用した方が衛星データビジネスのコストパフォーマンスが良くなっていく可能性があります。ポテンシャルがあるなら、チャレンジするべきですよね!

地上局のイメージ

レイテンシを削減するために地上局を増築していたのが、衛星間通信や光通信を活用するように変わってきているのは、誰かに連絡をするときに手紙を書いていたのが、E-mailやFacebookのメッセンジャーを利用するようになったことと同じように思います。

せりか:なるほど。わかりやすいです! 大容量のデータをより早くダウンロードできるようになったら、どのようなことができると思いますか?

トーマスさん:そうですね……。今後ホットになっていくトピックの一つは、やはりハイパースペクトルでしょう。ハイパースペクトルセンサは、波長帯の電磁波を細かく観測するので、同じ地上分解能の光学画像よりもデータ容量が大きくなります。ハイパースペクトルセンサで取得したデータは解析が難しいのですが、様々な解析手法が見えてきたら、もっと頻繁に地上にダウンロードしたいと思います。

では、私からもセリカに質問させてください! ハイパースペクトルセンサで取得したデータをリアルタイムで地上にダウンロードできるようになったら、どのようなことをしたいですか?

せりか:そうだな……

トーマスさん:セリカは宇宙飛行士になる前は医者だったと聞きました。例えば、衛星データと感染症のデータをマッピングできるソリューションがあったらどうしょう?

©︎小山宙哉/講談社

せりか:環境情報と健康被害の関連を分析すれば、感染症の流行を予測できそうですね!実際に、アフリカのビクトリア湖に生育する水草は、コレラ菌を媒介する可能性が指摘されています。JAXAの陸域観測技術衛星「だいち」の衛星データから、水草の繁殖面積を推定し、コレラ患者数などの疫学的データとの関連性を調査する研究が行われています。

また、JAXAとNASA、ESA(欧州宇宙機関)は共同で、衛星データを利用した新型コロナウイルス感染症に関するハッカソンを開催していましたね。

ハイパースペクトルセンサを利用できれば、取得できる環境情報も増えるので、分析の幅が広がりそうです。ハイパースペクトルデータを活用すれば、多くの方の命を救ったり、健康を促進したりできる医療や公衆衛生のためのソリューションが生まれるかもしれません!

せりか宇宙飛行士との対談シリーズ第六弾のゲストは、Satellogicで事業開発を担当しているトーマス・バン・マートルさんでした。衛星データの活用が期待される分野として、温室効果ガスの排出量のモニタリングや医療・公衆衛生に関する分析などが挙がりました。未来のものだと思われているテクノロジーも、宇宙開発が加速することで、そう遠くないうちに実現するかもしれません。

次回は、せりか宇宙飛行士とワープスペースのCTO・永田が「地球外生命体」について議論する予定です。お楽しみに。

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