T。

 『閲覧注意』。

 その言葉は、何のためにあるのだろうか。嫌な物から目を伏せるためだろうか。不必要な物を除外する為だろうか。

 それとも、私の為だろうか。

 喧騒に包まれる街並み。私はその路地裏に、一人座っていた。確かにこの街は煩いけれど、この路地裏はぞっとするほど静かだ。

 ボロボロの服に身を包んだ私を、誰も見ようとしない。明るい交差点の方にはたくさんの人がいるのに、路地裏の入り口に『Keep Out』の張り紙が張られているみたいに誰もこっちに来ない。

「……ねぇ、姉ちゃん」

 私は唯一、自分以外にここにいる少年の方を見た。

「お腹、減ったよ……」                       「ごめん、今日も抜きだ」

 私の弟は私と同じくらい(といっても、鏡が無いので自分の体裁が分からない)ボロボロで痩せ細っていた。目には光が無く、顔色は苦悩の青に包まれている。

 とても嫌な臭いを放っているのがわかるが、もう慣れてしまったせいで何が『嫌』なのか分からなくなっていた。


 ────私の母は、とんでもないクソ野郎だった。夫がいたにも関わらず色事に溺れ、法で禁止されているにも関わらず薬物を吸った。だから私と弟は兄弟だけれど父親が違うし、弟に関しては知的障害気味である。

 貧乏ながら真面目に働いていた父は、堕落した母を見て自殺した。母も当然のように私達をこの路地に捨てて、後どうなったのかは知らない。

 残ったのは、痩せ細った姉弟二人だけ。

 捨てられた初日は、街の喧騒に出て物乞いをしたりもした。でもみんな、当然のように私達を踏みつけて歩く。

 そうしてボロボロになって手に入れたのは、黴の生えたパン切れだけ。その日以来、苔などを食べて何とか生きながらえてきた。

 ……でも、どうやら限界らしい。

 もう、黴か苔かもわからない物体など食べたくなかった。そうまでして生きる価値が、見いだせないのである。

 私は目を瞑った。弟を助けなきゃだとか、そう言った綺麗事は頭を掠りもしなかった。


 目を瞑ってから、どれくらい経過しただろうか。半分消えかかった私の意識に、声がかけられた。

「おい、君」

 目を開こうとした。だが、体が衰弱しきってそれすら出来ない。

 やっとの思いで薄目を開けると、そこには体格のいい黒人の男が立っていた。私を品定めするように眺めまわしているようだが、生憎私はピクリとも動けなかった。

 直後、彼の口が裂けた。彼が『笑った』のだという事に気が付くまで、数秒の時間を要す。

「一緒に来い」

***

 それから、黒人の男の案内で私はとある仕事に就くことになった。単刀直入に言うと、ヤクの売買の仕事だ。

 無論、ヤクの売買は違法である。

 でも、私に正義を説いた所で無駄だ。何故なら、どれだけ法で裁かれようとも、路地裏で過ごした日々以上に辛い罰は存在しないから。

 生きれるなら、それでよかった。

 弟と共に挑んだ最初の仕事は、日々の生活に飽き飽きした女にヤクを売り付けに行くことだった。どうやって売ったかはあんまり語れないけれど、結論から言えば女は堕ちた。

 私のような者が一度ヤクを売りつけた相手と顔を合わせることは、原則的に無い。ただ、例外的に私は一度だけ彼女の姿を見た事がある。血走った瞳ととても人とは思えない形相は、私が大っ嫌いな母親そっくりだった。

 虫唾が走った。

 それから、私達はソレを売り続けた。絶望的に金欠故一日0.5食だった生活が、一度売りつけるたび段々と好転していくのが実感できた。

 そしてついに、夢にまで見た一日一食の安定した生活を、私は手に入れることが出来たのである。ただ一つ残念なことがあったとすれば、弟の件か。

 最初の方は一緒に売り付けに行っていたのだが、何を血迷ったか弟は自分に商品を打ってしまったのである。

 母の遺伝でヤクへの耐性が無い弟は、すぐに堕ちた。私はそんな彼にも、例外なく売りつけ続けた。これがもしゲームだったら、R指定だったろうね。閲覧注意さ。


 彼は瞬く間に死んだ。だが、それがどうしたというのだ?

 これが、私が今日明日を生き抜くために必要な手段なのだ。異論があるならば、好きなだけ喚くがいい。

 ……今日も私は、仕事を遂行し続ける。


 薬物ダメ、ゼッタイ。

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