見出し画像

自首するか、あるいは。

俺は上を見上げた。

そこにはさも世界終焉のような、毒々しい緋色の空が広がっている。
夕焼けだ。

朝焼けとは、どうしてこうも人を悲しい気分にさせるのだろうと思う。

俺の手はべっとりとした赤い液体で汚れている。
凶器のナイフはもう、赤色の太陽光を反射している海に捨てた。

これから、どうしようか。

なんの考えもなく人を殺めてしまった。
遺体の処理も、凶器の放棄も、何一つ考えずに殺人を犯した。
ちょっと探せば、犯罪現場から俺の証拠を見つけるのは容易だろう。

なんてったって、俺は手袋さえはめずに人を殺したのだから。
指紋が簡単に手に入る。

ここが田舎ということもあってか、周りに人は居ない。
俺の真っ赤に染まった手は、まだ誰にも見られていない。
つまり、まだ犯罪がバレてはいないのだ。

自首か、あるいは犯罪を隠し通すか。

俺の中には、二つの選択肢があるわけである。
俺は数分の間考え込んで──

──やがて、フッと笑った。


……自首なんて、できない。


俺は上を見上げた。
紅かったはずの空はいつの間にか暗くなり、夜がすぐそこまで迫っていた。

俺の考えも、その闇夜のように暗い。

自首なんてした暁には、俺は犯罪者として扱われることとなるだろう。
そうなったら、俺は仕事も、家庭も、何もかも失って、
何の希望もなく路傍に彷徨う事となる。

それくらいだったら、悪事に手を染めてでも、犯罪は隠すべきなのである。
犯行現場に戻って、証拠を破棄してくるのだ。

俺はふと、後ろから呼び止められた。

「動くな、警察だ!」

俺はハッと振り返る。
そこには警棒を向けている、一人の男性。
闇夜に紛れて見にくいが、彼が警察であることに間違いは無かった。

「君が人を殺したとの通報があった。署まで来てもらおう」

嘘だろう?

なぜ、通報が入ったのだ。
人を殺してから、わずか一時間も経っていないのだ。
ここはド田舎、周りに人などいなかったはずである。

なら、どうして……

「君、もしかして知覚障害か何か患ってるのかい?」

俺を補導しながら、警察官が言った。
俺は思わず、えっと返す。
警察官はこらえきれなかったかのように、フフッと笑い声を漏らした。

「だって、君、道のド真ん中で……フフッ」

その言葉で、俺は自分の滑稽さを思い知った。

俺は自首か犯罪を押し隠すか考えている間、ずっと道のド真ん中で立ちすくんでいたのである。

……血の付いた手を、隠そうともしないで。

「滑稽だなァ、俺……」

俺はため息交じりに、呟くのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?