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怖い話──少女──

──で、男の子が振り向くとそこには、血を滴らせながら笑う少女が……  ──キャー、こわーい!                        ──へっへっへ、どうだ、怖いだろう。今日はこんなもんにしとくぜ。   ──もう、やめてよ夜眠れなくなるから!               ──そりゃ、眠れなくなるお前が悪いんだろう? もっと耐性つけようぜ?──そんな事言っても、無理な物は無理なの!

 俺はクククと笑った。妹は怖い話に対する耐性が無さすぎるなと、つくづく思う。グロも虫も、血も全部ダメダメだ。

 ホント、マジで。片鱗だけでも見せたら、それで全部アウトだ。とてもじゃないが、もう中学生だとは信じられない。

──じゃ、俺はそろそろ風呂入る。                   ──えっ、私を一人にする気!?                     ──そんぐらい構わないだろ、アホかお前。          

 俺がそう言うと彼女は、ものすごく嫌そうな表情をしてみせた。だが、俺には関係ない。

 苦手なヤツが悪いのだ。

──でも私、一人じゃ……                       ──喘息の発作の件か? 大丈夫だってちょっとぐらいさ。        ──でも……                             ──メンドクセーな。じゃ、風呂入ってるから。             ──あちょっと!

 俺は妹の静止を無視して風呂場に向かい、服を脱ぎ始めた。只今の時刻夜の十時、ちょっと遅い。妹は一時間程度前に風呂に入っている。

 俺は軽くシャワーを浴びて風呂に入り、フーと息をついた。最近両親の帰りが遅くて、大変である。お陰で妹の面倒を全部俺が見なくてはならない。

 俺は喘息の発作に関して言っても、喘息を患ったヤツが悪いと思っている。もっと健康的に暮らしていれば、喘息になどならないはずだ。

 死んでも、文句は言えまい。


 ……そう考えていたあの時の自分を、殴りたい。

 俺は部屋の隅で蹲って惨めに震えながら、そう思った。


 単刀直入に言うと俺の妹はその日、喘息の発作で死んだ。俺が風呂から上がった頃にはもう、地面でぐったりとしていた。救急車を呼んだが内心、もう駄目だろうなと思っていた。

 妹が風呂場に手を伸ばす形で倒れていたのを発見した時も、慌ただしい勢いで救急車に乗せられた時も、俺は一切の心の揺らぎを感じなかった。

『妹が死んだところで、俺の生には関係ない』

 そう思っていたのである。

 冷酷非情だって? 何とでも言えよ、俺はそういう生き物だ。そして今も、彼女を見殺しにしたことを俺は後悔していない。


 でも、あの日アイツが死ななければ、俺はこんな惨めに蹲っていないことも事実だ。自室の扉を閉め、ガクガクと震えている。

 ドンドンドンと、乱暴に扉を叩く音がした。ハッと身を固くし、俺はさらに身を縮める。ベッドに挟まり、頭まで毛布をかぶって震える。

 扉を叩く音が強くなった。全身からいやに冷たい汗が伝い、心臓がバクバクと激しく鳴る。早鐘のように? ああもうわからない。

 また一層、扉を叩く音が大きくなる。最早扉は変形しかけていて、鍵はいつ外れてもおかしくないようだった。

 ドンドンドン。
 ドンドンドンドンドンドンドンドン。
 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

 これはドアを叩く音か? それとも、俺の心臓の音か?

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
 

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。


 バタン。

 最後に一際大きな音がしたかと思うと、やがて部屋に沈黙が戻った。まだ心臓が鳴り続けている。人心地がつくも胸をなでおろすもない。


 俺はむせ返りながら深呼吸をした。恐る恐る布団から顔を出し、扉の方を振り返る。


 男の子が振り向くとそこには、血を滴らせながら笑う少女がいた。

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