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森田はいつ一流になるのか

「言われたことしかできない人間を三流」
「言われたことを上手にできる人間で、ようやく二流」
「森田はいつになったら一流になるんだ?」

『車輪の国、向日葵の少女』第一章、法月将臣

『車輪の国』は懲役刑・罰金刑などの代わりに「義務」という生活上の制約を課される仮想の国を舞台とした物語である。主人公である「森田賢一」その特殊な刑罰の執行を一任される「特別高等人」の候補生として、三人の「義務」を背負った少女の更生を図っていく。

冒頭に示した引用は『車輪の国』で森田が上司である法月から失態を詰られる際に受け取った言葉である。舞台となる街には、一年に一度「義務」を守らなくてよい日である「恩赦祭」が存在していた。しかし、法月の就任に伴ってこれは中止になっていた。このことは教員を通じて当日に通達されたのだが、中止の事実を隠す「義務」を負った二人の少女の嘘を見抜くことを森田はできなかった。その後森田は三人の少女たちと「恩赦祭」を楽しんでいるところを発見され、法月から暴行を受けながら冒頭の言葉を受けながら「指導」される。

この名言は「エロゲ名言」としてあまりにも有名であり、筆者も本作をプレイする5年以上前から知っていた。筆者が学生のときは、この「名言」を聞いて、「言われたことを上手にやる」というのは結構難しいことであり、それでまだ二流とは大変手厳しいなと思った覚えがある。少なくとも学生の身分では、テストなり決められた枠組みで結果を残せばそれなりに評価される。当時でも、朧げに社会においては「言われたこと以上のことをくみ取ってやることが真の一流」ということだろうなとは理解していた。しかし当時の空前の流行を見せ射てた「働いたら負け」「社畜」などの反労働思想にどっぷりつかっていたこともあり、単に「社会」による「理不尽な要求のテンプレ」と思っていた覚えがある。特に『車輪の国』の冒頭では、「遅刻した候補生を一人銃殺する」ことで法月という男や舞台となっている国の異様さを表現している。この「一流」たる条件を問う名言も同様の「理不尽な要求」と捉えるのはそれは一つの読み方として正しいのではないかと思う。

さて、清少納言も「夏はエロゲ」と書いたように、夏になれば夏のエロゲーの名言に思いを馳せるのが日本の伝統だ。その一環としてこの名言について考え直していたのだが、実はこの名言はさして理不尽な要求をしていないのではと思いなおすに至った。

まず森田が超法規的な権限を与えられる「特別高等人」を目指す立場であることを考えれば、高い水準で仕事をこなすことを求められるのは当然である。さらに「特別高等人」は他人の更生を目指す指導者なわけだから、他人を動かす能力が強く求められる。「自分で課題をうまく解決する」のではなく「他人に課題をうまく解かせる」マネジメント能力こそが一流たる条件として仮定されているのは何もおかしなことではない。

また物語の終盤には、理不尽な要求を突きつける法月の行動原理のひとつに、森田を成長させることがあったことが明らかになる。車輪の国の最終章で法月は主人公を徹底的に「社会」に屈服させようとする。法月は森田の奇策の前に一度は敗れるも、その後主人公が最後の気力を振りしぼって脱出した先に、それを上回るかのように現れる。森田の行く手を阻むのかと思えば

……登り切っても、暗い未来が待ち構えていると知っていてなお、まっすぐに進んできたか
(中略)
もはや、お前に教えることはない

『車輪の国、向日葵の少女』第5章

などと意味深なセリフを残し、森田の成長を認め、森田たちの政府転覆運動を黙認し物語は閉じる。

森田の最終的な目標は政府転覆である。となれば、一人の力量だけでどうこうできる問題ではない。森田は仲間を集め彼らを成長させなければならない。法月が政府転覆を企む森田を成長させることを目的としていたのであれば「言われたことを上手にやれた」程度では二流という法月の発言はかなり正鵠を得ている。

さらに冒頭をプレイしなおすと、「一流」発言に至るまでには意外とちゃんと伏線が貼られていることに気づく。

まず森田は法月との二回目のコンタクトの際に以下のような問いかけを受けていた。

「一流の人間とは何だ?」
(中略)
「クイズをしているのではない。現状を良く踏まえたうえで、その多面的な要素とやらから必要と思われる一面を考えろ。知識ではなく知恵を振り絞れ」

『車輪の国、向日葵の少女』第一章

法月は森田が一流になるために必要な条件を自ら考えるように促している。森田はこの問いに対して、「独自性のある発想」「別の分野での一流の人間とも志向を通わせられる」「多面的な面がある」など自らに求められていることを考えない的外れな回答を返している。

さらに、直接の呼び出しを受けて以下のような警告を受けている。

法月将臣「よろしい、次」
……次?
賢一「ありません」
ない……他に命令された覚えはない。
法月将臣「なにが、ありません、なのだ……?」
(中略)
賢一「指示には従っていますし、この町に来てからの人間関係、生活環境など、良好です」
法月将臣「言われたことは、やっていると……」

『車輪の国、向日葵の少女』第一章

上のやり取りから、法月は「指示には従ってい」るだけでは成果として不十分であると思っていることは明らかである。

上記二つのやり取りがあったうえで、法月は「言われたことをうまくやるだけでは二流」だと森田を叱咤している。理不尽なことをいきなり言い出しているわけではなく、少なくとも二回にわたって「自分でなすべきことを考え行動しろ」という警告を出しているのである。無論指示としては曖昧であるが、森田が目指す「特別高等人」という特権的な立場からすればこの程度の要求は読めてしかるべきであろう。

みんなも一流の人間を目指そう。

人生は、上がるか下がるか。現状維持などない。なぜなら、自分が成長しなくても時間だけは過ぎていくからだ。

『車輪の国、向日葵の少女』


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