テン年代のエロゲを振り返る(2012年編)
総評
2012年はヒット作がないわけではないが,頭の一つ抜けた大傑作というものを欠いた年に思える.一方,現在の若年層ユーザーが影響を受けた作品は比較的多いように思える.例えば,SAGA PLANETSより『はつゆきさくら』,PULLTOPより『この大空に,翼を広げて』はそれぞれのブランドの現在のファンの多くを獲得した作品であろう.その他の点でいうと.例えば,E-moteを使用した作品や,また『魔法使いの夜』の登場もこの年である.それ以外の話題としては『トータル・イクリプス』のアニメ化が印象に残っている人が多いかもしれない.世の中の情勢的にはスマホはかなり普及し始めたころで,加えて昨年のモバマスのリリースなどからオタク界にもソシャゲが普及し始めモバゲーからカードバトル風のソーシャルゲームが大量リリースされ始めたのもこの頃である.それに伴って「コンプガチャ」などに規制が入ったのもこの年である.オタクの資本はますますエロゲーから遠のいていくそんな予感を感じさせる年であった.
基本データ
・萌えゲーアワードは『この大空に,翼を広げて』
・Getchu.com美少女ゲーム大賞『はつゆきさくら』
・ベストエロゲソングは『Presto』(KOTOKO/『はつゆきさくら』より)(『ワールドエンド』(佐咲紗花/『グリザイアの迷宮』より))
・2chベストエロゲは『はつゆきさくら』
・批評空間の中央値では『月に寄りそう乙女の作法』が最高.
ヒット作品
この年でメガヒットは『Coming×Humming!!』『ナツユメナギサ』『キサラギゴールドスター』ナツユメナギサなどは評価を受けていたいたが,『はつゆきさくらはなかでも多くの支持を受けているだろう.はつゆきさくらは卒業をひとつのテーマにした作品であり,2月という卒業シーズン真っ只中に発売された作品は,若年層を中心にSAGA PLANETSが支持を受けるきっかけになった.またライター新島夕の代表作としても知られているだろう.
まじめなストーリーで評価を受けている作品だがの作品だが,いくつかのシーンのネタでも有名である.作中に出てくる「ゴースト」を除霊する際に,『バニッシュだ』なるなぜ英語にしたのか分からない謎の用語が出てきてやたらとインパクトがあることから,Tシャツになったりした.加えて本作ではヒロイン,シロクマが受験に挑み落ちてしまうというシーンがある.そこでの「ない……番号、ない……ないよ」というCGは浪人生を中心に大人気となった.
1stOPのHesitation Snowと,2ndOPのPrestoはどちらも名曲である.
『月に寄り添う乙女の作法』は服飾(女)学校をテーマにした女装主人公ものである.不遇な生い立ちを持ちながらも真摯で誠実な完璧系女装主人公大蔵遊星と,圧倒的財力を持つ桜小路ルナ(様)の主従関係を丁寧に描きユーザーの心をつかんだ.このシリーズは続編FDなどが五作ぐらい作られるなど2010年代のNavelを支えるシリーズとなった.とくに主人公の大蔵遊星は大人気で,彼のボイスを追加するパッチがファンディスクに付属するほどであった.
『この大空に、翼をひろげて』はグライダーと車椅子の少女といった新鮮な要素を含みつつもクオリティの高い王道部活ものとして評価を得た.ちなみにスマホ版は無料の共通ルート部分とはいえ,100万DLを達成している.(https://www.4gamer.net/games/380/G038017/20190219013/) Fate/stay nightですら10万DL程度なので,相当なものである.
昨年の『グリザイアの果実』に引き続き主人公風見雄二の過去編を含んだ続編,『グリザイアの迷宮』が発売され,これも高い支持を得た.URA(AC-Promenade)によるOPの出来が相変わらず良い.
演出進化の終焉
演出面での進化という点ではこの年はある種の極大点で,その後の進化というものはほとんど見られないように思える.
特にTYPE-MOONから出た新作『魔法使いの夜』はノベルゲーム演出の極致とも言われるほど,とにかく演出が凝った作品であった.奈須きのこ自身も「ノベルゲームやアドベンチャーゲームというジャンルそのものの底上げ」(1) を図ったと言っている.一方で続編が示唆されているものの,この後TYPE-MOONから新作ノベルゲームは出ていない.
(1) https://www.4gamer.net/games/115/G011514/20120511075/
立ち絵が滑らかに動くE-moteシステムが導入されたのもこの年である.従来のエロゲにも立ち絵が瞬きするといった機能がついている場合はあったが,E-moteシステムは二次元の立ち絵がよりダイナミックに動くことが特徴的である.導入したのはういんどみるより『ウィッチズガーデン』であった.残念ながら,大きな評価を得るわけでもなく,その後の業界の標準となることもなかった.2019年現在もE-moteは,ロープライスの抜きゲー/萌えゲーには一部採用されているものの,ほとんどのゲームでは採用されていない.
OPでいえば,minoriから発売された『すぴぱら - Alice the magical conductor 』のOPが突き抜けてレベルの高いものとなっていた.後半の動きがとてつもなく,エロゲアニメOPでいえば今後これ以上のものが出てくるとは思えない作品である.
一方でこのOPにかけた予算に比して売り上げがでなかったため,minoriの経営が傾いたとの話もある.事実分割を示唆するタイトルであるにもかかわらず,未だに続編は出ていない.なお続編については,英語版の『eden*』『すぴぱら』の総利益が$350,000に達した場合作成される予定であったが,2019年2月時点で$252,696の利益を出したものの,minoriはすでに解散してしまった.(http://mangagamer.org/minori/)
この失態を挽回するため,この後minoriは基本的にエロを前面に押し出した作品を作ってきたとくに夏空のペルセウスを売るために打ち出された「巨乳村」キャンペーンはファンに衝撃を与え(特にそれ以前は比較的ストイックな作風で知られていたため),以降解散までminoriは巨乳ブランドと揶揄されることとなった.
その他のタイトル
続編,シリーズものなどでもいくつか記憶されていそうなものがあるので挙げておく.
三部作の第一作,時計仕掛けのレイライン『時計仕掛けのレイライン -黄昏時の境界線- 』の発売もこの年である.消化不良感のある一作目であり,第一作の評価は高いとは言えない.
CIRCUSもついに『D.C.II』だけではやっていけないと判断したのか『D.C.III ~ダ・カーポIII~』を発売することとなった.D.C.シリーズの中でも「魔法」が物語の主軸に絡んでくる話であるが,それなりに好評だったようだ.
Favoriteからでた『いろとりどりのヒカリ』は『いろとりどりのセカイ』を補完するような内容を含む実質続編であり,FDとしてはかなり高い評価を得ている.(批評空間ではFDの中央値の方が5点ほど高い)
Keyからは『Rewrite Harvest festa!』が発売された.Keyから発売された初めてのまともなFD(特定のヒロインにフィーチャーするわけではない)であるが,どのシナリオも短く特段の評価を受けなかった.
『はるまで,くるる。』は乱交から始まるという一件性的な要素を前面に押し出した作品のようにみえる一方で,壮大なSF展開を含んでおり,往年のエロゲーを思わせる出来栄えの作品であった.渡辺僚一の名を世に知らしめた一作でもある.この後渡辺僚一をライターに据え『なつくもゆるる』『あきゆめくるる』といったタイトルのゲームが出されており,四季シリーズのようなものが作られている.(2019年現在「冬」にあたる作品は出ていないが.)
石原都知事がやたらと炎上していた時期であり,それを茶化すかのように,東京をモデルとした舞台で,都知事っぽいものの陰謀と戦う『中の人などいない!』が発売されたりしたのもこの年である.
ねこねこソフト系列が頑張っていた一年である.4月には『ゆきいろ』が発売し,
蒼樹うめ先生の生き別れの双子藤宮アプリ先生が原画を務める『サナララ』のリメイクの『サナララR』も発売した.
ねこねこのスタッフが大半を占めているコットンソフトからは『終わるセカイとバースデイ』が出ており,同ブランドでは一番の評価を得ている作品となっている.
『猫撫ディストーション』のFD『猫撫ディストーション Exodus』も相変わらずパワーのあるOPを引っ提げてリリースした.「――真実ってやつはしこいんだ」のような刺激的な文字列が大量に並ぶOPは必見である.肝心の中身も元長ファンを中心に支持を受けている.
特定性癖の人にリーチしていると思われ,DMMなどでも看板を背負って活躍しているLoseが初めてヒットを飛ばした『ものべの』もこの年である.
4ch発のヒロインが身体的障害を抱えている『かたわ少女』のリリースもこの年である.完訳版のリリースは2015年なのでもう少し後の作品として認識している人も多いかもしれない.
非18禁作品の中では中澤工のディレクションによる『ルートダブル -Before Crime * After Days-』が好評を博した.中澤工作品らしい緻密な伏線とその華麗な回収を含んだ作品でありながら,Ever17のような序盤での中だるみが減っており高評価を得た.なお,本作は2011年に発売が予定されていたが「原子炉事故が起こた研究所からの脱出を試みる」というタイムリー過ぎる設定によって発売が延期してしまった不遇な作品でもある.
科学アドベンチャーシリーズからは新作『ROBOTICS;NOTES』が発売した.アニメも同年に放送し始めているなどメディアミックスでの大ヒットをねらった作品であったのだろうが,前作『STEINS;GATE』で期待膨らんだに十分に応えられず,あまり評価を受けなかった.
この年の作品の中で最も評価を受けているのは冬コミで同人からでた『ファタモルガーナの館』かもしれない.数多くのどんでん返しとトータルでの完成度が圧倒的な評価を受けた.
上に上げなかった中で批評空間での中央値が高いのは『真剣で私に恋しなさい! S』『辻堂さんの純愛ロード』『古色迷宮輪舞曲 ~HISTOIRE DE DESTIN~』などがあげられる.
逆にデータ数の割に点数が低いのは『マテリアルブレイブ』(いわゆる戯画マイン)『イモウトノカタチ』(ヨスガノソラで注目度が高かった割に面白くなかった)などがあった.
2012年の名作OP
個人的に記憶に残っているのは『恋妹SWEET☆DAYS』のOPだろうか,シームレスにつながった楽しいOPは多数のパロディMADを生み出した.
ave;new feat.佐倉紗織 がOPを務めた学王のOPも似たような雰囲気で,パロディできるクオリティの高さだった.
このころは南條をボーカル加えたfripSideの全盛期でもあり,『ティンクル☆くるせいだーす -Passion Star Stream-』のOP『last fortune 』なんかも人気だった気がする(ゲーム『とある科学の超電磁砲』のOP 『way to answer』のカップリングになっており,その経由で知った人もいるかもしれない.)
AXLの『Dolphin Divers』は『エロイコ』というよく分からないタイトルのOPを引っ提げてきた.イタリア語で「英雄的」(Eroico)との意味らしい
アニメ
この年はほとんどエロゲ原作アニメの放映がなかった.18禁原作で唯一あったのが『 恋と選挙とチョコレート』である.面白くなさ過ぎて一話で見るのを辞めてしまったのを覚えている.
エロゲ関連まで含めていうならば『トータルイクリプス』のアニメがかなり注目を集めていた.本作はマブラヴシリーズのスピンオフであり,アニメ化が熱望されている『マブラヴ オルタネイティブ』をアニメ化していく上でより広い層にリーチしていくための展開の一環という位置づけであったように思える.しかし後に『帝都燃ゆ』としてノベルゲーム化する部分を除くと,テストパイロットという既存ファン層以外にはいまいちピンとこない位置づけでの内容が続き新規層へのリーチは失敗に終わっていたように思える.個人的にはシリアスな世界観に挟まれる恋愛パートがややシュールに思えてしまった.また広報戦略の一環でOPに倖田來未を採用したことが注目されたが,テクノっぽさが原作のイメージとあっていなかったためか,あまり評価されなかった.特に『ピロピロピロ』から始まる印象的なイントロは絶大なインパクトを持ち,ニコニコで配信された際には弾幕によって盛大にいじられることとなった.その後は他の作品でも携帯電話の着信音が鳴った際には『ピロピロピロ』の弾幕を流すという風習が定着している.なお『Go to the top』は紅白歌合戦にまで出ている.一方でその後発売した原作はオルタの桜花作戦と絡んだ展開があるなど,ファン的には嬉しい要素があり,それなりに評価を受けている.
https://dic.nicovideo.jp/a/go%20to%20the%20top
リトルバスターズ!のアニメもこの年から放映された.リトルバスターズ!はKeyファンから圧倒的支持を受ける作品の一つでアニメ化が待望されていた.特にKeyのアニメは京都アニメーションの制作での高クオリティで原作ファン以外からも人気を集めており,リトルバスターズ!のファン層もこれらのアニメをきっかけにKeyの作品に触れた人も多かった.そのため本作の作成も京都アニメーションでの作成が望まれていたが,作成はJ.C STAFFになり,残念がる声も多かった.実際の出来もたくさんのキャラクターのテンポの良い会話劇や不穏さと陽気さが入り混じった独特の雰囲気を伝えきれているようには思えず,原作ファン外にリーチするほどの威力があったかというと微妙だったように思える.
エロゲライター原作のアニメの中では,田中ロミオのライトノベル,『人類は衰退しました』のアニメの放映もこの年.とくにタイムスリップするバナナの話が人気だった気がする.OPのダンスが結構流行った.他には一部虚淵玄が脚本をやった『PSYCHO-PASS』も好評だった.
同年のアニメとしてはSAOが圧倒的な人気を誇っていた.これ以降現在に至るまでweb小説系アニメは増え続けていくこととなった.
スマホ系の話題
世紀の大ヒットを成し遂げたパズドラのサービス開始は2012年であり,2012年は世間的にもスマホシフトがかなり進んできた時期である進んできた時期といえるだろう.エロゲ業界も色々とビジネスをしていこうとしていた痕跡が見られる.
2019年現在,アプリはほとんどGoogle play storeやAppstoreから配信されるが,当時Androidではアプリストアが乱立しており,楽天やAmazonなどが独自のアプリストアサービスを行っていた.エロゲー専門のストアも2011年ぐらいから断続的にオープンしており,「TECH GIAN MARKET」「EAPPS」「どろっぷす!」などのストアが2012年にもオープンした.Androidの野良アプリのDLを許可することによるセキュリティの問題などが指摘された結果,大手業者が独自ストアを置くことはなくなったが,18禁というplay storeに絶対置けないものを置いているメリットのためか2019年現在でもたとえば先に上げた「どろっぷす!」などエロゲーストアはいくつか残っているようだ.当時の状況はエロゲー批評空間の管理人さんによる記事が詳しい.
https://www.gapsis.jp/2012/06/980nexton.html
一方で基本的に低料金のスマホ市場には多くのメーカが苦戦した.Play StoreでCLANNADのandoroid版が出たのはこの年であるが,基本を三百円に設定しルートごとに課金するという形態を取った.ルート課金という形態は,今ではひとつの業界標準になった感もあるが,当時は(基本無料でなかったこと,課金のタイミングの問題などもあって)批判されたようだ.Steins;GateのiOS版などもPC版と同じような値段設定だったため高すぎると批判を受けていたように思える.
https://srad.jp/story/12/09/25/0145249/
この年には,Fate/Zeroのヒットがあってか,『Fate/NextEncounter』というソーシャルゲームがサービス開始している.『Fate/GrandOrder』のヒットとは対照的にこちらは記憶している人すらほとんどいない.詳細は以下のブログに詳しいが,TypeMoonのプロジェクトではなく,サービス開始当初は書下ろしの絵も少なくファン的にもあまり注目できる部分は少なかったようだ.
http://toratugumi.hatenablog.jp/entry/2018/03/04/204908
その他関係ありそうなニュースなど
・丸戸史明氏執筆のラノベ『冴えない彼女の育てかた』が刊行する.
・ニコニコ超会議が初開催される.ニコ生等でニコニコ動画の最盛期であった.結構ニコ生でエロゲ実況をやっていた人もいたように思える.
・違法ファイルダウンロードへの罰則化が進んでいた時期であり,例えば総務省がファイル共有ソフトに『真剣で私に恋しなさい! S』の囮ファイルを放流するといったことがあった.(http://blog.livedoor.jp/myonkui/archives/5780917.html)
・ほかにも2012年初頭に違法アップロードの温床となっていたことで知られるMegaUploadが閉鎖されるなどの事件があった.
・エロゲ楽曲も多く手掛けるeufoniusがTwitterでの作曲者菊地創の発言によって炎上.翌年発売の大図書館の羊飼いのEDが変更になる.(http://yurumoe.blog.jp/archives/19407488.html)
おわりに
2012年は小粒なヒットがいくつかあったが,結局大きく盛り上がったものはあまりなかったように思える.渡辺遼一,紺野アスタ,新島夕など現在の業界を支えるライターの作品が散見される点で現在のファン層にはなじみ深い作品の多い年かもしれない.現在のエロゲファンで「つり乙」「ころげて」「はつゆきさくら」「まほよ」のいずれもやっていない人はほとんどいない気もするが,かつてのエロゲファンの中ではこれぐらいの時期からほとんど触れておらず,この四つにも触れていないという人は多そうだ.そういった意味では分水嶺的な部分もある年だったかもしれない.
最後にヘッダーの花色ヘプタグラムのOPを貼って締めとしたい.
(ヘッダー画像は https://www.flickr.com/photos/dannychoo/7886101062 からクリエイティブコモンズライセンスに基づいて使用させていただきました.(クロッピングによる改変が行われています.))