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感想ではなく、意見を言える人になりたい。

「それってあなたの感想ですよね」
というのが流行っているようである。
図書館に来る子どもたちの口から出てくるのを、何度か耳にした。
ネットで調べてみると、「ひろゆき」の通称で知られる西村博之さんが、相手を論破するときに使うテクニックらしい。
「ふーん。そっかー。今の子どもって論破して遊んでるのか。高尚だな」
と、納得しかけて思いとどまる。ちょっと待て、何かひっかかるぞ。
そのとき、頭に浮かんだのは
『ほんとうのリーダーのみつけかた』(梨木香歩・岩波書店)のこと。
なぜか、ひろゆきさんの言葉とこの本とが頭の中で繋がったのである。

『ほんとうのリーダーのみつけかた』は、梨木香歩さんが若い人に向けて行ったトークセッション「「どう生きるか」をどう生きるか」を纏めた講演録である。
この講演は、梨木さんの『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の文庫化を記念して行われたものだ。ベストセラーにもなった吉野源三郎『君たちはどう生きるか』を下敷きにした小説である。
これからを生きる若い人たちに、考えてほしい、身につけておいてほしいことを、吉野源三郎の言葉も交えて語られている。

同調圧力のこと、群れの一員として生きるということ、日本語をないがしろにしてはいけないということ・・・。ひとつひとつのエピソードに、はっとさせられた。この本は、いわゆるヤングアダルト、小学生から中学生を対象にしているのだが、なかなかにエグイ。綺麗ごとを言わないのだ。汚れちまった世間の、大人が生きているそのまんまの姿を描写している。そして、これってどうなんでしょう、どうすればいいのでしょう、と突きつける。
理想論なしの、サバイバル実践本とでも言おうか。

その中で、私が一番考えさせられたのが「あるテニスの試合で起こったこと」という一節だ。

梨木さんは、錦織圭選手とジョコビッチ選手の試合をテレビで観ていた。
ジョコビッチ選手からすると、錦織選手は格下だ。その錦織選手にダブルフォールトで1ゲーム取られてしまった。試合が長引くことを喜び、観客たちは錦織選手に拍手喝采の大騒ぎ。それに対してジョコビッチ選手はキレてしまった。
いつもはとても冷静な選手であることを知っていた梨木さんは驚き、このままメンタルがぶれて負けてしまうのではないかと思った。ところが、彼はすぐさま自己を取り戻し、錦織選手を下した。
その切り替えの速さに梨木さんは感動した。
海外メディアもジョコビッチ選手のメンタルに注目した。試合の流れと観客の反応、それにキレてしまった彼を客観的に伝え、そこから冷静になるまでのプロセスを本人にインタビューして記事にしていた。
ところが、日本の報道機関はそのことに全く触れなかった。錦織選手の健闘を称えるのみであった。

梨木さんは、こうした報道だけを見て物事を判断することの怖さを語る。
この場合、日本の報道機関には「媚び」が見てとれる。読むのは日本人なんだから、日本人である錦織選手を褒めておこう。そんなへつらいがある。

そういう偏ったニュースだけを見ていたらどうなるだろう。
スポーツの見方ひとつとっても、こんなにも違うのだ。
試合を見ることなく、ニュースで結果を知るだけの人々には、ジョコビッチ選手の凄さは全くわからないだろう。
これがスポーツではなくて、戦争だったら? 第二次世界大戦のときの報道はどうだったか?

媚びを売る。
最近の自分自身を顧みると、他人に対していつも媚びている気がする。
人に嫌われたくないあまりに、否定されないこと、好かれそうなことばかり言っている。心にもないことを平気で。
私だけではない。ネットもテレビも新聞も、顔や実名をさらしての発言は、炎上を恐れてか、どこか媚びている。優等生の模範解答のようなものばかりだ。それなのに、匿名だと罵詈雑言の嵐。

媚びへつらう人と、悪意のある発言をする人。
どちらにも共通するのは「自分を持っていない」ということではないだろうか。彼らはいつも自分を主語に使わない。「私はこう思う」とは言わない。「みんな」とか、「あの人」とか、そういう言い方をする。「自分」を丸投げしてしまっている。意見を辞書でひくと「自分の考えを言って、諫めること」とある。つまり「自分」がない発言は、意見ではないのである。たんなる感想でしかないのではないか。

「それってあなたの感想ですよね」
という、ひろゆきさんの言葉は、論破のテクニックなどではなくこうした世相を反映させているのではなかろうか。
感想ではなく、あなたの意見を教えてください。
自分で考えたことを、聞かせてください。
私には、そうした問いかけが隠されているように思える。

現代は、情報が溢れている。ひとつひとつをゆっくり考える暇なんてない。
だからだろう、どのコンテンツも結果・結論を最初に提示するものばかりになってきた気がする。それも「AはBです!」みたいに、考え方を指定してくるようなものが増えた気がするのは私だけだろうか。
情報過多の毎日を、惑わされることなく生きるために必要なものはなにか。

梨木さんは、一冊を通して「自分を持つこと」の重要性を説いている。
与えられたものを鵜呑みにせず、自分自身の目で見て考えなさい。
その積み重ねが、ブレない「私」となり、いつしか自分を導く「ほんとうのリーダー」になるはずだと。
「ほんとうのリーダー」を持った「私」は、毅然とした態度で言うだろう。
感想ではなく、自分自身で考え導き出した意見を。

ちなみに、「それってあなたの感想ですよね」も、『ほんとうのリーダーのみつけかた』も、図書館に来る小学生から教えてもらった。
子どもたちも、コロナや戦争といった未曾有の事態に不安を覚えているようである。その不安を何とかしようと一生懸命考えている。
同じ時を生きている大人として、私はどうだろう。あの子たちに胸を張って自分の意見を言えるだろうか?
いいや、全くダメだ。誰かの意見の二番煎じか、受け売りにすぎない。
彼らから、とんでもなく遅れているけれども、私もきちんと自分の意見が言える人になる。きっと、なってみせる。

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