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ライジング若冲 NHK

だめだ、やられた。気づいたら見ていた。観ていた。単に、その時、リビングのテレビの前にいて、ちょうどチャンネルがそうで、直前の、緊急事態宣言の要請について父と夫と話しつつ、なぜかみんなで納豆ご飯を食べるという晩御飯で(父は自分で食べるものを自分で用意する人)。

ふわっと、きれいな雰囲気の、画の、音の、ドラマが始まったなとか思いながら何となく流れてただけだったはず。そのはずだったんだ。

気づいたら、見入ってた。本当に、気づいたらその世界に入っていた。三人で。私はもう興奮してて、夫には静かに見なさいって言われるし、父はそういう時何も言わないけれど、あとで夫が言うには父も同じような反応だったという。本当に、雰囲気乗っ取られるというか。なんかそういう感覚だった。これ見ようよ、そうだね面白そうだねとかそういうんじゃない。夫自身は、そういえば若冲の見にいきたい、コロナがこんなになかったらいきたかったのに、なんでこのタイミングでとか途中で言っていた気がする。そういえば行きたいなぁと言っていたような気がするなとも思い出した。

歴史上の人物で、名が知られている方とその相方的な存在の人が実は………とか、その部下と実は……とか、いっぱいあるわけで。そのうちの一つのように有名なお話なのかもしれない。

私は、本当に、途中の、あの、足元を照らすあかりだというくだりで、あぁこれは………と思いました。ただ事ではない。それこそ、お互いに文字と絵というジャンルは違えど芸術は芸術、お互いその芸術に、というか、美しいと自分が感じるものに出会いそれを自分が思う表現方法で表現するという、そういう芸術という枠で、理解しあっている、というか。理解というには大げさなのであれば、この人はこう感じているんだな、と認知する、というか。大雑把に言ってしまえば、誰かを理解するって欲のない認知だと思うんです。興味はあるけれど、そこに欲があると色々面倒なことになる。この人はこうだな、と知って認めること。そこにある程度距離があるとうまくいくというか。相手と自分が同じでありたいとか、そういう欲もいらない。あると面倒くさい。ジャンルは違っても、お互いが自分の前にいる道しるべとなるあかりだというそれが、あまりに素敵で。

ここらへんで夫を見たとき、眠そうな顔してるなって思ったんだけど、多分感動して涙が出そうだったのではないか、と思います。知らないけどね。

BL如何については、そういう意味でもいいお話だし、それを抜いて考えてもいいお話だし、父の前でBLとは言わなかったけど、お話の途中で夫のほうをキラキラした目でがっと振り返れば、わかったわかったってリアクションされるし。言わなくても通じますね。おそらく目がキラキラなんてものではなく、血走っていたのではとも。

父も、夫も、私も、それぞれとても好きになったお話でした。

2021年1月2日(土)総合/BS4K 夜7時20分~8時35分
             16日(土)BSプレミアム 夜9時~10時30分「完全版」
【作・演出】源 孝志
(「京都人の密かな愉しみ」
「スローな武士にしてくれ」
「令和元年版怪談牡丹燈籠」)

だ、そうです。この、源孝志さん追いで作品を見ていきたいなと思いました。

心が洗われた。

ところでこの、1/16のに「完全版」ってあるんだけど、何が違うの??



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