【ぶんぶくちゃいな】公務員、教師、そして警官…香港国家安全法下の日々

「若さそのものが罪なんでしょ。だからこそ、警察はこの1年間、人を見ればすぐに捕まえてる。警察って市民を保護して、悪い人や犯罪者を捕まえるものだと思っていたけれど、今はすっかり変わっちゃった。180度違う」

これは12歳の少女、パメラさんの言葉だ。彼女は先週日曜日の9月6日、母親と兄と一緒にモンコックで昼食を取り、その後母と分かれて兄と絵の具を買いに出かけたところ、警察に拘束された。突然、荒い声を上げる武装警官たちに行く手を阻まれて、思わず駆け出してしまったのだ。警官がタックルして彼女を路上に押し倒す様子がネットに流れ、香港市民を激怒させた。

その後、彼女を助けようとした20歳の兄も組み伏せられた。そして「3人以上が集まってはならない」という新型コロナ対策の「集会制限令」違反で二人は罰金処分となった。

兄妹2人でショッピングに向かっただけなのに「3人以上」とは…? 

実は警察はその日、周囲で行われていた市民デモの警戒にあたっていた。パメラさんと兄はその付近を通りかかって警察に呼び止められたのだった。そして拘束された後、このデモに参加していたと一方的に断定され、騒ぎを聞きつけて駆けつけた母親がどんなに釈明しても聞き届けられなかった。彼らが拘束されたモンコックには香港最大級の品揃えの文具店があることくらい、香港人なら誰もが知っているのに。

この日行われたデモは、本来なら4年に1度の最高議決機関、立法会の議員選挙が行われるはずだったことに起因する。香港政府は7月末、「新型コロナウイルス感染拡大」を理由に選挙の1年延期を宣言。選挙で多くの人たちが集まるのは感染の機会を増やす、という口実だった。

だがフタを明けてみると、9月に入ってから政府が始めた「全民PCR検査」が選挙の投票所になるはずだった会場を利用して展開されていた。選挙を延期しておきながらなぜなのか? 選挙延期に反対する人たちは怒りを爆発させた。

またPCR検査自体もそれを担当する機関が中国の機関を母体にしていること、そして香港では医療ビジネスのライセンスをもっていないことも暴露され、根強い反対の声があった。それでも、政府は「PCR検査展開への反対は政治的意図によるもの」と取り合わなかった。

今回の議員選挙はもともと昨年からのデモを受けて、民主派有利と目されていた。だから、政府の言う「純粋に新型コロナウイルス対策」という理由を信じる人ももともとあまりいない。なのに、きちんとした法定資格を持たない検査実施機関によるPCR検査への市民の反対は「政治的意図」だという…こうした「常識」に反するような政府の物言いもまた市民たちの怒りに油を注いだ。6日のデモはこうした思いを爆発させたものだった。

一方で、香港市民ははっきりと悟りつつある。政府の説明にはすでにロジックも客観性もない。市民が納得するような説明も釈明も行うつもりはなく、そのときそのときで言葉を弄しているだけだ、と。

そして市民がそう考える根拠は大量のメディアによって記録された過去の資料と比べても明らかなのだ。

たとえば、ほぼ1年前の昨年9月末、香港政府は市民との「コミュニティ対話」を開催した。3カ月に及ぶデモが流血の惨事まで引き起こした結果、政府が呼びかけて開かれたものだった。林鄭月娥行政長官を始め、政府のトップ官吏5人が出席して、抽選で選ばれた市民150人を前に意見を聞き、「市民ともっと対話をしていきたい」と述べた。

出席者の中からさらに現場抽選で選ばれた10数人が発言したが、最も市民が期待していた「独立調査委員会の設置」要求を拒絶した林鄭行政長官はその代わりとして、従来から存在している独立監察警察クレーム処理委員会(以下、監警会)による調査を主張した。社会的信頼感を高めるために特別に外国人専門家を招聘して拡大体制とし、政府が全面的に協力して「起こった出来事の全容を明らかにする」と約束した。

しかし、招聘された外国人専門家は12月になって全員、「与えられた権限があまりにも制約されていて、目的を達することはできない」と職を去ってしまう。そして外国人専門家不在のまま編成された監警会の報告は今年5月に発表された。だが、それはほぼ警官側の証言で構成された「警察側の視点」で、現場にいた市民たちの視点はメディア報道を参考にする程度でその声は拾い上げられなかった。

さらには、昨年7月21日の元朗無差別襲撃事件で負傷した民主派政党「公民党」所属の林卓廷・立法会議員が、今年8月に「同事件の黒幕であり、デモ隊と元朗住民との対立を扇動した」として「暴動罪」で突然逮捕された。このような流れは、同報告書に記載された同事件の記述とまったく異なるもので、警察の資料と証言でまとめられた(はずの)同報告が警察内部においてもいかに重視されていないかが明らかになった。

これらについて、政府はなんの釈明も説明もしていない。わずか1年前に状況打開のために尽力するとした約束はいったいなんだったのか。同報告の存在についても今や政府はまったくそれに触れようとしない。

冒頭に上げたパメラさんの言葉どおりだ。

香港の政府も、警察も、そして制度ですら、すでに市民を守るために存在するのではなく、「一国」のために存在するかのようではないか。

●「反抗」の一言すらも「扇動の証拠」に

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