【ぶんぶくちゃいな】どこに向かう? 中国「#MeToo運動」

香港での生活を始めて5年目、北京に行った。「手かせ足かせをはめられて踊る」祖国の熱気に近づきたかったからだ。友人たちは、「そんな夢なんか見てると、きっと失望するよ」とわたしを笑った。18ヶ月後、わたしは北京を離れ、香港に戻った。失望とはいえないものの、思い描いていたものと大きな落差を感じていたことは間違いない。その最大の落差とは、多くの作品にある署名の「中の人」がいわゆる会食の場で見せた姿だった。性別、語り口、ファッション、あるいはその他の外在的な要素とは関係なく、国家権力によって片隅に追いやられた人たちが、理論とイデオロギーで激しく権力を批判する一方で、それを資本にして自身の権力への追求と欲望をあらわにしていたことだ――たとえそれはその時だけのものであっても、口先だけのものであったとしても。そして、その欲望が向かう先が多くの場合、女性であった。

これは中国で生まれ育ち、香港の大学院卒業後、香港でジャーナリストとして知られるようになったある女性編集者のフェイスブックへの書き込みである。わたしはまだ大学院生だった彼女がある香港メディアでインターンとして働いていたときから知っている。当時は兎のような目をくるくるさせて活発な好奇心をほとぼらせていた彼女はその後、その好奇心を武器に次々と素晴らしい取材記事を発表し、香港でも一目置かれるジャーナリストになった。

ここで書かれている北京滞在中には、たしか3回ほど家に泥棒が入り、PCを盗まれたという話を聞いた。日頃から中国国内メディアでは報道できないような話題を丁寧に取材して香港メディアで発表していたから、「それって泥棒じゃなくて、当局じゃないの?」などという話をしたこともある(もちろん、真偽は不明だが)。

情熱と勇気、正義感あふれる若き女性ジャーナリストだった彼女は北京滞在中に多くの人に歓迎され、人脈を広げたことは間違いない。その彼女がまさかここに及んでこういう書き込みをフェイスブックに残すとは思ってもいなかった。

だが、この書き込みは今中国でSNSを舞台に巻き起こっているセクハラ告発「米兎運動」(あるいは#MeTooChina )において、わたしの記憶にある中国の一面をそのまま言い当てた一言だった。

「日頃から舌鋒鋭く権力やカネを批判する『勇士』たちが、一方では心に抱える権力とカネへの渇望を、まず女性(あるいは弱者)を標的に実現しようとする」

これはわたしも過去20年間、近距離で中国に関わりながらずっと感じていたことだ。もちろん、すべての「勇士」がそうではない。だが、ネットやメディアで権力も恐れずに理路整然と道理を説き、自分を感動させた有識者たちが、目の前で無意識に政府そっくりに権威的で、ときには横暴、無知ともいえるふるまいを見せたときの失望感は観察者としての自分をどう置くべきかを揺さぶられるほどのショックだった。

兎のように愛らしかった彼女は18ヶ月でそのど真ん中から身を引いた。わたしは、「外国人」という特殊な立場を利用して距離を置いた。もちろん、それによって失うものはあったが、中国で暮らすときにその身の置き方を一度も意識しない女性はまずいないだろう。

彼女とわたしが付き合った人たちはほぼまったく違うのだが、わたしと彼女に共通する点が一つある。それは香港で暮らした経験を持つということだ。

香港は、ほぼ「女性天国」である。女性の社会進出や権利主張は日常の光景だし、企業だけではなく行政機関のトップにも普通に女性が進出している。現在の林鄭月娥行政長官も女性だが、彼女の長官就任に否定的な人たちの間においても彼女が「女性だから」という点は問題にならなかった。もちろん、個人的にそれを問題視した人がゼロだったとはいわないが、そのような主張は香港社会でまったく支持を得られない。

女性であることーーは香港社会ではネガティブ要素とはみなされない。文字通り女性が自分の力で男性と同じスタートラインに立てるのだ。
逆に男性の女性許容度がゆるすぎ、「香港人男性は世界で最も女性にフレンドリー」と思まで感じる。男たちは女性が興味を持ちそうな話題にもそれなりに参加でき、中国の男たちが「香港人男はゲイっぽい」と評するのを聞いたのは1度や2度ではない。

それくらい、中国と香港では「女性」の受け入れ方が違う。

ただ言っておくが、香港社会慣れした身で感じる女性の扱われ方のギャップは、中国だけではなく日本にいても感じる。たとえば、先日暴露された東京医大の「女子受験生一律減点」のような話は、日本においても「女性」に科せられた、見えないハードルがまだまだがっつりと存在していることを実感する。

●次々暴露されたスキャンダルと「権威」

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