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我が家の仲裁達人・まる

我が家には4匹の犬がいる。そのうち、一番年上で親分的ポジションにいるのが、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの「まる」。4歳のオスだ。
まるはとてもマイペースで、他の3匹がじゃれ合っていても気分が乗らなければ知らんぷりでいびきをかきながら寝る。かと思えば急に私の方に寄ってきて「おやつないんでしゅか?」と、前足でつんつんしてあざとく甘えてくる。しかしマイペースキングな彼も親分としての気概は持っているようで、下の3匹がケンカを始めると吠えて割って入る。まるで「その辺にしとけ!」とでも言っているよう。彼は仲裁が上手なのだ。
そして私も過去に一度、彼の仲裁によって救われたことがあった。



まるが我が家に家族としてやってきたのは、2016年の2月。キャバリアのブリーダーさんから譲り受けた小さな小さな命は、我が家の大きな光となった。その当時、我が家は介護問題で家庭崩壊寸前だったのだ。
当時私は大学生で、実家を出て独り暮らしをしていた。実家にいるのは、祖父母と母。父は他界していて、祖父母の面倒は母が一人で見ていた。正社員でフルタイムで働き、帰って家事と介護をこなす母。毎日そんな生活をしているうち、母は限界を迎えていた。ある日、そんな母から電話がかかってきた。

「わんちゃん、飼おうと思うんやけど。どんな子がええかな?」

祖父母の介護で手一杯なのに、犬なんて飼って大丈夫なのか。私はそう思ったけれど、母曰く「わんちゃんの面倒を見るようになれば、じいちゃんもばあちゃんもしっかりするようになると思う」とのこと。私が一人暮らしをするようになり、面倒を見る相手がいなくなってしまって祖父母の老化が進行しているのかも、と母は言った。元々、母子家庭の私を育ててくれたのは祖父母だったのだ。確かにそれはあるかもしれない。それに、幼いころから犬を飼うのが夢だった。せっかくの機会だ、と思って私は母とどんな子を迎えるか相談した。そしていろんなことを調べてたどり着いたのが、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルという犬種だった。初心者にも飼いやすく、子供やお年寄りにも優しい穏やかな性格でしつけもしやすい。好条件だ。小型犬なら、祖父母に飛びついたりしても怪我をさせることもないだろう。満場一致だった。
そうして私たちの家にやってきたのが、片手で抱けてしまうような大きさの「まる」だった。眉毛が丸いから「まる」。名付け親は私だ。まるを迎えに行った日から、我が家は一変した。いい方向か悪い方向か。もちろんいい方向に、だ。

「まるちゃん、ごはんやで」
「あらまるちゃん、うんちでたん?元気でええなあ」
「まるちゃんや、こっちおいで」
「まるちゃんおやつあるで。食べる?」

祖父母の言葉にすべて「まるちゃん」という枕詞がつくほど、二人は朝から晩までまるの世話をするようになった。祖母は元々面倒見がよく、子育てが上手な人だった。認知症が少し進行していて物忘れはひどくなっていたが、まるの世話を忘れることは決してなかった。自分の後ろをとことことついてきてくれるまるが、可愛くて仕方がなかったのだろう。祖父も若いころから動物に好かれる穏やかで優しいタイプ。まるのごはんをきっちり計量して、毎日決められた時間にあげるのが祖父の担当だった。几帳面だったので計量を間違うことはなかったが、まるがまだ欲しそうにお皿を舐めるのを見ると「まだお腹空いてるんか?」とおかわりをあげることもしばしば。おかげでまるは、小型犬なのに10キロ近い骨太な大物になってしまった。それほどに、祖父も祖母もまるをかわいがっていた。まるも可愛がってくれる祖父母が大好きで、トイレの中までついてくるほど懐いていた。
母の目論見通り、祖父母はまるの面倒を見ることで以前よりもしっかりするようになった。足腰が弱いため介助は必要だったが、頭がしっかりとし始めたので会話がスムーズになったのだ。介護をした方にはご理解いただけるだろうが、意思疎通がスムーズなのとそうでないのでは、介護する側のストレスがまるで違う。普段実家にいない私でもその違いを感じたのだから、毎日介護をしていた母にとってはもっと大きな意味があっただろう。まるちゃん様様だ。
当時の祖父は体の自由が利かないだけで、頭の方は比較的しっかりしていた。それに対して祖母は体は自由にできたが、認知症が進んでいた。ちぐはぐな二人は、母も巻き込んでケンカをすることが多かった。体が思うようにできないイライラで祖母にあたる祖父。物忘れが激しく言うことが二転三転する祖母。その二人に振り回される母。まるが来る前はこんな状況だった。しかしまるが来てから、魔法の言葉がつかえるようになったのだ。

『まるが見てるんやから、ケンカなんかせんといて!!』

祖父母がけんかをすると、まるはとても悲しそうに鳴く。きゅーんきゅーんと鼻を鳴らして、二人の間を行ったり来たりする。それだけでも効果は大きい。そこにわたしか母がその魔法の言葉を使えば、二人は意気消沈するのだ。そのうち、魔法の言葉を使わずともまるが鼻を鳴らし始めた時点で、二人のケンカが収まることが多くなった。祖父母が抱えていたイライラも、まるを撫でればどこかに飛んでいったようだ。

「まるは仲裁の達人やね!」

母がそう言って褒めると、まるは何だかよく分からないままとてもうれしそうにしていた。祖父母だけでなく、例えば祖父母と母がけんかをしても同じことだった。まるが間に入って、行ったり来たりする。そんなまるの顔を見ていると、家族みんなの怒りが消えていく。まさに達人業だった。

だがそれでも、祖父母の老いが止まるわけではなかった。まるが来て1年が経とうとしてた頃、祖母の認知症はどんどん悪化していた。被害妄想、物忘れ、わがまま・・・以前の優しかった祖母は息を潜め、まるで子供に戻ったような状態だった。50年以上連れ添った愛妻のそんな姿を見て、祖父は毎日嘆いていた。こんな人ではなかったのに、と。母も育ててくれた自分の母親の豹変ぶりに涙を流した。そして私も、大好きな祖母が自分の要求を押し通そうと喚く姿に思わず目を背けた。

「こんなのばあちゃんじゃない」

母の代わりに私を育ててくれたばあちゃん。美味しいご飯を作ってくれて、一緒に買い物に行って、遊んでくれたばあちゃん。ばあちゃんはこんなんじゃなかった。何度もそう思った。
一時期いい方向に向かい始めた我が家は、再び家庭崩壊の危機に陥った。毎日誰かが怒鳴る家の中で、まるは身を小さくしていた。きっと彼も、とても悲しい思いをしていただろう。仲裁に入ってその場は落ち着いても、また誰かが怒り出す。もしかしたら、まるは泣いていたかもしれない。自分をかわいがってくれる家族が何度も何度も口論している姿なんて、見たくなかったはずだ。


そして、ある日事件は起こった。
ふとしたきっかけで口論になった私と祖母。当時の祖母は一度ヒートアップすると歯止めが利かなくなり、どんどん被害妄想を大きくさせていくようになっていた。少し注意をしただけで、祖母は子供のようにぐずり喚いた。

「もうわかった、私なんか死んだらええんやろ!!」

祖母はそう叫んだ。その時、私の中で何かがプツンと切れた。

「そんなに言うんやったら―――」

早よ死んだらええやん、と言おうとしながら私は拳を振り上げた。しかしその瞬間、家中に響き渡るような大きな声でまるが吠えた。その声で、私はハッと正気に戻ったのだ。
まるは普段とてもマイペースかつ温厚で、家族に吠えたことなど一度もない子だった。そのまるが、耳を突き破らんばかりの声で吠えた。

「まるちゃん、まるちゃんごめんな、怖かったな」

直前まで顔を真っ赤にしてヒステリックになっていた祖母が、まるに駆け寄って撫でた。その姿を見て、私は何をしようとしたんだろうと自己嫌悪に陥った。
大好きな祖母に殴りかかろうとして、さらに「死んだらいい」なんて言おうとした。私は大柄で力も強く、祖母は体が小さかった。私が本気で殴れば、祖母を殺していたかもしれない。そう思うと、自分で自分が信じられなくなった。まるが止めてくれなければ、私は今頃犯罪者だっただろう。
その後自己嫌悪で泣く私のそばで、まるはずっと手をぺろぺろと舐めてくれていた。まるで「もう大丈夫だから泣かなくていい」と、そんな風に言っているようだった。あの時のまるのぬくもりは、今でも忘れられない。

やっぱり、まるは仲裁の達人だった。

その後、祖父母は施設に入った。これ以上はいろんな意味で危険だと、母が判断したらしい。二人がいなくなった我が家には怒鳴り声が響かなくなった。それでもまるは、しばらくの間祖父母を探してうろうろする毎日を送っていた。まるにとっては祖父母が急に居なくなったようなものだから、当然だろう。祖父母も寂しい思いをしているだろうから、と月に何度かは施設にまるを連れて行った。まるに会うと二人は大喜び。そしてまるも大喜び。私も数か月前には考えられなかったほど穏やかな気持ちで、祖父母に会うことができた。


そして祖母は2018年に、祖父は今年の3月に天国へと旅立っていった。
祖母の方は亡くなる数日前から緊急入院をしたため叶わなかったが、祖父は亡くなる数日前にまるに会わせる事ができた。呼吸器をつけて苦しい中、祖父は車から降りてきたまるを見て「まる!!」と大きな声で彼を呼んだ。まるもそれに応えるように、いつも以上に走って走って祖父の膝に飛びついた。あの声と光景が、頭から離れない。もっと会わせてあげればよかった。後悔は、私が死ぬまで無くならないだろう。

祖母が亡くなった時も祖父が亡くなった時も、式場の方に許可を頂いてまるを棺桶の前まで連れて行った。(さすがに参列させるわけにはいかないので、誰もいない早朝に連れて行った。)棺桶に入った祖母と祖父を見て、まるはなんだか不思議そうな顔をしていた。祖父母はまるを見るといつも「まるちゃん!」と呼んでくれていた。だが棺桶に入った二人は、まるの名前を呼ばなかった。もしかしたら、まるも何かを感じ取ったのかもしれない。




我が家の仲裁達人、まる。マイペースで気分屋で、そして優しいまる。祖母が亡くなって以降彼は時々、誰もいない玄関を見て、尻尾を振る。楽しそうに、嬉しそうに。もしかしたら、私と母には見えない誰かが帰ってきているのかもしれない。まるに会うために。
そして会いに来てくれた誰かの顔を見て、まるは今日もふさふさの尻尾をご機嫌に振るのだ。


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