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長征5号B(中国)の「無制御」再突入⑤:国際法上の論点

ロケットの廃棄処分方法を巡って、米中が対立している。しかし、両国は共に、宇宙条約、宇宙損害責任条約などといった宇宙活動に関係する現在の国際法に違反するのかどうかに言及していない。他国の宇宙活動に「有害な干渉」をおよぼすおそれがあったのか、事前に国際的な協議を図るべきではなかったのか、損害を引き起こした場合、被害国は加害国に責任を追及するのかなど、国際法上のさまざまな論点とその課題がある。活発化する宇宙活動に対して法秩序の形成が進展するためにも、宇宙活動を行う国家は、自国の宇宙活動を管理しながら、積極的にこれらの国際法上の課題に取り組むべきである。

 長征5号Bの再突入に関しては、主として中国と米国との間で、どのようなロケットの廃棄処分方法が標準的で、普遍的で、適切なものであるかを巡って意見が対立していた(「③技術の安全性をめぐる米中対立」)。しかし、両国はともに現在の国際法に違反する行為であるかどうかについては具体的には言及していない。今回のように再突入を「無制御」で行い、残骸デブリを残すような行為については、国際法の議論になり得る点がいくつかあると考える。

損害に対する国際責任

 宇宙条約及び宇宙損害責任条約では、宇宙物体が大気圏に再突入し、残骸デブリとなって地球に衝突し、ある国に損害を発生させた場合、損害の原因国はその損害を救済する法的な責任を課している。

宇宙条約
第7条
 条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間に物体を発射し若 しくは発射させる場合又は自国の領域若しくは施設から物体が発射される場合には、その物体又はその構成部分が地球上、大気空間又は月その他の天体を含む宇宙空間において条約の他の当事国又はその自然人若しくは法人に与える損害について国際責任を有する。
宇宙損害責任条約
第1条
(a)「損害」とは、人の死亡、身体の障害その他の健康の障害又は国、自然人、法人若しくは国際的な政府間機関の財産の減失若しくは損傷をいう。
第2条 打上げ国は、自国の宇宙物体が地表において引き起こした損害、又は飛行中の航空機に与えた損害につき無過失責任を負う。

 しかしながら、これは具体的な損害(特に物的損害、人的損害)が生じた場合に損害の原因国のその責任を問い、被害国を救済する措置を定めたものである。ある国の上空で再突入が生じデブリを散乱させたということだけでは、条約上の責任を問うことが非常に困難である。ある国にデブリが落下したということだけでも、それを条約上の「損害」とみなすことはできないであろう。ロケットの残骸がある国の公共物や政府の資産に影響を与えない限り、原因国はそれについて何もしない可能性がある。

 また、条約上の「損害」に適用した場合であっても、実際に原因国がこの条約の手続きに沿って解決を図るかどうかは別問題である。1978年1月、ソ連の偵察衛星「コスモス954」がカナダの上空で再突入し、放射能に汚染された4,000個以上の破片がカナダの広範囲な地域に散乱した。カナダ政府はソ連に600万カナダドルの請求書を送付したが、ソ連は最終的にその約半分を「見舞金」として支払ったという。これは条約の手続きにのっとった対応ではない。

 2009年2月10日、米国のイリジウム社の通信衛星「イリジウム33」と機能停止していたロシアの軍事通信衛星「コスモス2251」がシベリアの上空788kmで衝突した。この時も、宇宙損害責任条約の損害賠償責任を問う機能が働くことはなかった。機能停止した宇宙物体(廃棄デブリ)との衝突で損害賠償責任を問うことはなかったのである。この場合、米国は、条約に従った交渉では不利な立場に立たされると考えていたといわれている(※1)。条約の発動には、非常に政治的な判断の余地があることがうかがえる。

 長征5号Bの再突入でも、落下する残骸デブリについて懸念があった。米国政府では、デブリの落下によって損害が発生した場合に関して言及があった。国務省の報道官は、損害が発生した場合は宇宙損害責任条約の規定に従って中国が賠償することを期待する旨を述べた。しかし、ホワイトハウスの報道官であるJen Psakiは、損害の補償を中国に求めるかどうかについての質問には明確に答えなかった。

「有害な干渉」への対応

 宇宙条約第9条第3文及び第4文では、他国の宇宙活動に有害な干渉をおよぼすのある場合に、事前に当事国同士が協議を実施することを定めている。

宇宙条約
第9条(第3文) 条約の当事国は、自国又は自国民によって計画された月その他の天体を含む宇宙空間における活動又は実験が月その他の天体を含む宇宙空間の平和的探査及び利用における他の当事国の活動に潜在的に有害な干渉を及ぼすおそれがあると信ずる理由があるときは、その活動又は実験が行われる前に、適当な国際的協議を行うものとする。
(第4文) 条約の当事国は、他の当事国が計画した月その他の天体を含む宇宙空間における活動又は実験が月その他の天体を含む宇宙空間の平和的な探査及び利用における活動に潜在的に有害な干渉を及ぼすおそれがあると信ずる理由があるときは、その活動又は実験に関する協議を要請することができる。

 第3文では、計画された自国の宇宙活動が他国の宇宙活動に「有害な干渉」を及ぼす可能性があると判断した場合、その関係する国と協議を実施することを条約上の義務として定めている。また、その反対に第4文では、他国の宇宙活動が自国の宇宙活動に「有害な干渉」を及ぼす可能性があると判断した場合、その国に対して事前に協議することを要請できることを定めている。

 長征5号Bの再突入に関しては、主に次のような観点で、第9条の適用とその限界が示唆されるのではないかと考える。

 まず第1に、長征5号Bは当初から「無制御」の再突入方法が計画に組み込まれていた可能性が指摘されている(「④ロケットの廃棄処分方法」)。この時点で、「無制御」再突入の方法がデブリの発生などで他国の宇宙活動に「有害な干渉」を及ぼす可能性を把握していたならば、事前に国際的な協議を実施する必要があったといえるであろう。ただし、第3文は「潜在的に有害な干渉を及ぼすおそれがあると信ずる理由があるとき」に、協議を実施することを義務としている。中国政府が、再突入によって生じる残骸デブリが他国の宇宙活動に対して「潜在的に有害な干渉を及ぼすおそれがあると信ずる理由」はないと判断したなら、協議を実施する義務は生じないことになる。

 また、中国政府からは、長征5号Bの打ち上げ計画に関する詳細な情報が公開されていなかった。事前に同計画の情報が他国に知られると、「有害な干渉」を及ぼすおそれがあるとの判断から、第4文を適用し、その規定に沿って協議を要請される可能性が生じる。中国政府はそれを避けるために詳細な情報を公開しなかったのかもしれない。なお、少し無理がある見方かもしれないが、中国の宇宙ステーション計画に関しては、国連宇宙部(UNOOSA)とある種の協定を結んでいる(「③技術の安全性をめぐる米中対立」)。この計画は国際社会にすでに認められたものであると主張することが可能になる。これを根拠に、国連と「協議」したとして同計画を進めているということが言えなくないのかもしれない。

 いずれにしても、残骸デブリの落下予測の精度をより高めるためにも、条約の規則にのっとって各国が行動できるようにするためにも、ロケットに関する詳細な情報は国際社会で共有される必要(「②監視と予測能力の実態」)がある。

 第2に、計画の段階でなくとも、長征5号Bを実際に運用している段階で有害な干渉を及ぼすおそれがあると判断した場合は、「協議」の義務が生じするかどうかである。この条文の解釈に関するこれまでの学説では、「計画された月その他の天体を含む宇宙空間における活動又は実験」とあるので、進行中の活動やミッションを完了した活動には適用しないという説が主流(※2)である。しかしながら、実際、活動中に必要が生じた操作活動によってはじめて「有害な干渉」を引き起こす可能性が把握されることがあるだろう。その場合、従来の解釈どおりに「計画」以外の活動は第3文の義務の対象外とし、潜在的に有害な干渉のおそれがあってもこれを適用しないと解釈することは適切といえるであろうか。有害な干渉の可能性の把握から、想定される干渉の発生時点までに時間的な余裕があれば、「協議」をする必要があると思われる。

 実は、第9条では第1文で「条約の他のすべての当事国の対応する利益に妥当な考慮を払って」活動することを義務として定めている。この義務と関連して第3文を解釈するならば、たとえ「計画」になかった活動についても、他国の利益に妥当な考慮を払って、第3文の「協議」を実施することが望ましいともいえるであろう。ただし、このような第3文の包括的な適用が認められるためには、さらなる学問上の精査と国家間の実際の合意が必要となる。

 第3に、この規定は「宇宙活動」に有害な干渉をおよぼすおそれがある場合に適用するものであり、宇宙活動に関係しない地上での活動には適用しないことが明確に定められている。再突入による残骸デブリが海上の船舶活動に有害な干渉をおよぼすおそれがあったとしても、協議を実施する義務は生じないことになる。しかしながら、再突入によって上空でロケットが崩壊するという事象が他のロケットの打ち上げの中止、その他の宇宙計画の変更を強いた場合は適用する可能性がある。

自国の宇宙活動に対する管理の徹底

 国際法では、これらのほかにも、宇宙条約第1条に定める「宇宙利用の自由」を侵害する行為への該当性、第9条第2文の「有害な汚染」への適用可能性、国際慣習法上の「事前通報」の義務など、といったさまざまな論点があり得るだろう。現在の国際法規範への適切な適用が図られるためには、広く法秩序の形成の機運が存在している必要がある。

 専門家の間では、これまで以上にデブリの発生を防止するために、宇宙活動に対する規制の強化が必要であるとの指摘が多くなっている。ロケットの適切な廃棄処分方法の慣行が各国の間で醸成されつつあり、「より大きなロケットの場合、デブリを軌道に残さないようにすること」が規範として生まれつつあるという指摘もある。また、宇宙条約などの国際法の規定は一般的な内容を定めた程度にとどまっているので、米国や中国などの主要な宇宙活動国がこのような問題が生じたことを機に、国連を通じてロケットの再突入に対する規制を図る必要があるといった指摘もある。

 国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の本委員会において、宇宙活動に関する長期持続可能性(LTS)ガイドラインが採択されており、ロケットの再突入に関して一定程度の対策が示されている。しかし、このガイドラインには法的拘束力がない。現段階で実効性のある対応策としては、国家がそれぞれで自国の宇宙活動を管理することが求められる。宇宙条約第6条には、自国の政府機関や民間企業の宇宙活動に関してはその国家が国際責任を有し、それらの活動について許可及び継続的監督を必要とすると定められている。

宇宙条約
第6条 条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従って行われることを確保する国際的責任を有する。月その他の天体を含む宇宙空間における非政府団体の活動は、条約の関係当事国の許可及び継続的監督を必要とするものとする。国際機関が、月その他の天体を含む宇宙空間において活動を行う場合には、当該国際機関及びこれに参加する条約当事国の双方がこの条約を遵守する責任を有する。

 再突入に伴って発生するデブリに対して義務とされる措置に関しては国際法上あいまいな点が多いが、長期的には国際法の観点での議論を進め、法秩序の発展を促しつつも、短期的には自国の法制度を十分に整備し、自国の宇宙活動を管理することによってデブリの発生を抑制することが求められる。

※1:青木節子「宇宙の探査・利用をめぐる「国家責任」の課題―コスモス 2251 とイリジウム 33 の衝突事故を題材として」『国際法外交雑誌』110巻、2011 年、46頁

※2:Mahulena Hošková, “Outer Space Treaty as a Framework for the Regulation of Space Debris”, Proceedings of the 40th Colloquium on the Law of Outer Space (Turin, Italy, 1997), AIAA, pp.280-288; Smith, Delbert D., “The Technical, Legal, and Business Risks of Orbital Debris”, New York University Environmental Law Journal, vol. 6, no. 1 (1997), pp. 50-71; G.C.M. Reijnen and W. de Graaff, The Pollution of Outer Space in Particular of the Geostationary Orbit (1989); Peter Malanczuk, “Review of the Regulatory Regime Governing the Space Environment The Problem of the Space Debris”, Zeitschrift für Luft - und Weltraumrecht (Sonderdruck), Vol. 45(1) (1996), pp.355-382

*冒頭の写真は、COPUOSの第56回科学技術小委員会(@UNOOSA)

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