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長征5号B(中国)の「無制御」再突入③:技術の安全性をめぐる米中対立

長征5号Bの「無制御」再突入に関して、米中の見解が対立した。宇宙開発の分野においても、技術の安全性をめぐって、米中間の競争がある。安全性やスペースデブリの発生防止の措置に関する妥当性が、国際的な議論の対象になっていく可能性がある。

 長征5号Bの「無制御」再突入に関しては、特に米国政府から、その問題性が指摘されている。それに対し、中国政府等は自国が選択したロケットの処分方法の正当化を主張し反論している。

米国の見解

 米国政府では、まずNASA長官のBill Nelsonが、宇宙活動国に対して宇宙物体の再突入による地球上の人と財産へのリスクを最小限に抑え、それらの操作に関する透明性を最大化するよう求めたうえで、中国がスペースデブリに関する責任ある基準を満たしていないことは明らかである(Ananth Krishnan)、と批判した。国防長官のLloyd Austinは、宇宙領域にいる人々は「安全で思慮深い方法」(a safe and thoughtful mode)で宇宙物体を操作すべきであると指摘した。そのうえで、中国はロケット本体を軌道から外すのを怠ったとし、運用を計画・実施する際には、そのような方法を考慮に入れる必要があると指摘した。

 中国の再突入による宇宙物体の処分方法に関しては、米国政府は以前からその問題性を指摘している。2020年5月、中国は今回と同じ長征5号Bロケットで宇宙船の試験機を打ち上げ、やはりコアステージが制御されずに太平洋へ落下し、その一部の残骸が西アフリカのコートジボワールで発見された。当時のNASA長官であったJim Bridenstineは、非常に危険な行為であると批判し、大型ロケットの再突入の安全対策を求めつつも、宇宙で安全に運用する方法については、合意された枠組みが必要であるとして、中国との協力の必要性を示唆している。

中国の見解

 これに対して中国政府は、再突入による処分は安全に行われているとして、その正当性を主張している。外交部のWang Wenbinは、再突入時にほとんどの部品が燃え尽き、地上で害を及ぼす可能性は「非常に低い」と述べた。中国の軍事専門家であるSong Zhengpingは、中国の宇宙監視ネットワークは、被害が発生した場合に注意深く監視し、必要な措置を講じると主張している。

 さらに、外交部のHua Chunyingは、再突入時にロケットが燃え尽きるのは世界における「一般的な慣行」(common practice)であると述べた。またHuaは、3月にSpaceX社のロケットステージが再突入した際には壮大な光のショーと言ってロマンチックな文脈で報道しているとして、その「二重基準」を批判している。

 中国の宇宙ステーションに関しては、国連宇宙部(UNOOSA)と協定を結んでおり、中国政府は、世界中の科学者に中国のステーションで独自の実験を行う機会の研究提案をするよう呼びかけている。中国有人宇宙機関(CMSA)の局長であるHao Chunは、17の諸外国が中国の宇宙ステーションでの9つの科学的タスクに参加しているとして、この活動の科学的な意義を強調している。

 他方で、中国国内のメディアとしては、環球時報がその論説のなかで、中国のロケットから生成されるデブリが「特に危険」であると考えることは「真剣に反知性的」(anti-intellectual)であると主張し、中国の宇宙船を中傷したとして、米国メディアを非難した。また、「制御不能」(out of control)とは、再突入する部品をすべて無力化して制御することは不可能であるため、この概念が発明されたという。米国のメディアは、米国が打ち上げたロケットの残骸よりも巨大なものが人口密集地域に衝突する可能性が高いかのように、また破片がどのように「制御不能に陥った」かを誇大に宣伝している、と非難している。さらに、残骸の落下点は事前の計算の基づくものでありつつも、どのように軌道を外れて地球に戻るかを完全に制御することはできないとした。そのうえで、米国が定めるロケットの残骸の落下地点が中国の落下地点と比較してより制御可能なものであると証明されているわけではない、と主張している。

 なお、環球時報は、米国メディアの一方的な報道に対抗するためには、将来的にはより多くの情報を積極的に発表する必要があることを中国政府に求めている。

対立の焦点

 第2段ロケットを有さず、コアステージとなる第1段ロケットに対しても地上操作が可能となる機能を備えなければ、コストの低減につながる。中国政府は、宇宙産業分野から米国企業を排除することを目指しているため、商業打ち上げに伴うコスト削減を積極的に推進することによって米国企業に打撃を与えているといわれている。

 米中の覇権争いが宇宙開発にも及ぶなか、その技術の安全性に関しても主張が対立している。そのようななかで、少なくともロケットのコアステージはどのように運用されるべきか(どのように廃棄されるべきか)、ロケットの規模によっては不動態化が十分になされるのか、中国だけでなく、SpaceX社など他の民間企業の再突入措置も適切になされているのかどうかが焦点となってくる。今後、再突入の方法に関し、その安全性やスペースデブリの発生防止の妥当性をめぐって、国際的な議論が活発になるのではないだろうか。

※冒頭の写真は、2013年12月の会談時(出典:ロイター)

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