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長征5号B(中国)の「無制御」再突入④:ロケットの廃棄処分方法

ロケットのコアステージ(第1段)の廃棄処分にあたっては、2段式ロケットの設計や軌道離脱操作、逆噴射システムなど、安全かつスペースデブリの発生防止のための措置を実施することが求められる。長征5号Bのロケットはこれらの措置が実施されなかったため、専門家から問題視されている。

 長征5号Bのロケットは、安全かつスペースデブリの発生防止のためのいくつかの措置が実施されなかったため、危険な行為として専門家に問題視されている。廃棄処分にあたって必要な措置とは何だろうか。中国の廃棄処分方法はどの点が問題であったのだろうか。

ロケットとペイロードの分離段階

 低軌道に到達する前に第1段ロケット(コアステージ)を分離して落下させ、第2段ロケットが衛星等のペイロードを低軌道に送る方法が一般的である。ロケットが軌道に到達すると、衛星またはロケットステージのエンジンを使用して、軌道の最低点を落とす「軌道離脱操作」(deorbit maneuver)を実施し、地球に衝突する場所を選択する。これは、「制御された再突入」と呼ばれる。軌道離脱操作を実施できるかどうかは、宇宙船全体の設計とミッションによって異なる。大きなロケットステージは地上に大きなリスクをもたらす傾向にあるため、地上のオペレーターが軌道離脱操作を実施することは珍しいことではない。

 第2段ロケットも特定の場所で、制御下で軌道を外される取り組みがなされている。2011年1月に国際宇宙ステーションの補給機「こうのとり」を打ち上げた日本のH-IIBロケット2号は第2段式であり、高度約200キロメートルで第1段目を、約300キロメートルで第2段目を分離した後、第2段目は軌道離脱のためのエンジン燃焼を行って南太平洋上に落下させた。第2段目ロケットの制御落下にあたっては、2006年に米国が軍事気象衛星DMSP-17を打ち上げた後に、Delta IV Mediumロケット第2段で行った制御落下の例が参考となっている。ただし、これには衛星分離後の第2段ロケットに発生する機軸回りの回転を制御すること、エンジンの推進剤残量に加えてバッテリー寿命も考慮する必要があること、地上管制局で継続的に追尾できることなどの技術的要件をクリアする必要がある。

再突入段階

 ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのJonathan McDowellによれば、ロケットが私たちの頭に落ちるのを避けるために、標準的な慣行では2つのことのうちの1つが必要であるという。ロケットのコアステージは、ブースターを使用して構築されており、地球の大気圏に再突入した後、水中の安全な着陸地点に誘導する。あるいは、ある種の安定化システムと再起動可能なエンジンを備えているので、速度を落とし、180度回転させて海に着陸させることができる。これらの慣行は、他国の宇宙プログラムで利用されており、人間を危険にさらす可能性を劇的に低下させている。

 通常、ロケットのコアステージが飛散する場所をインチ以内で予測する。これには、内陸国からロケットを発射するロシアも同様である。また、SpaceX社の場合、再使用のために第1段ロケットは分離後に地上に戻るように設計している。Autryによれば、米国の打ち上げ規制では、船舶や飛行機との危険な衝突の可能性が100万分の1以下であることが求められており、地面に何かをぶつけることは絶対にしてはならないという。米国の連邦通信委員会(FCC)や連邦航空局(FAA)など、宇宙で打ち上げて運用するためのライセンスを発行する政府機関は、再突入時にどの部分が燃え尽きないか、地球の大気圏にいつ戻るかについて計画を立てることを求めている。

「無制御」落下の歴史

 大型の宇宙物体が無制御状態で地上に落下した事例は、いくつかある。米国の宇宙ステーションであるスカイラブ(1979年に再突入、残骸が西オーストラリアに落下)、サリュート7号(1991年にアルゼンチン上空で再突入)、ソ連の宇宙ステーションであるミール(2001年に南太平洋上で再突入。制御していたという説もある)、ロシアの火星探査機フォボス・グルント(2012年にチリ沖に落下)などである。これらのうち、サリュート7号及びフォボス・グルントは、当初から制御しない計画ではなく、制御操作の失敗であったとされている。その一方で、スカイラブは逆噴射システムなど当初から機体を制御する計画はなかった。

 サリュート7号は、太陽活動が活発化した影響により地上との通信が不可能となり「無制御」状態となった。重量は19.8トンあり、再突入後、残骸デブリはアルゼンチンなどに落下したという。スカイラブは77トンのステーションで、再突入により崩壊し、破片などの残骸デブリは西オーストラリア全体に散乱したという。オーストラリア政府は人への被害などがなかったので米国に対して請求を行わなかったが、米国のカーター大統領は謝罪した。
2021年3月、SpaceX社のファルコンのロケットステージが制御不能状態でシアトル近郊上空の大気圏に再突入した。中国は、米国が自国の処分方法を非難し、米国の民間企業の処分方法に触れないのはダブルスタンダードだと批判した。ただし、この事例は、同社の場合は適切な処分方法を計画していたが結果的にはそれに失敗したというものであり、中国のような無制御落下を当初から計画していたわけではない。

 McDowellによると、スカイラブの落下事件以来、ほとんどの国が制御されていない大規模な再突入を回避するように宇宙船を設計しようとしているという。ロケットの大きなステージを宇宙空間の軌道上に送る危険を冒さないように非常に長い時間を費やしてきており、「1990年以来、制御不能の状態で再突入するために意図的に軌道上に残されたものの重さは、10トンを超えていない」とも指摘した。

中国の廃棄処分方法

 長征5号Bは、第1段ロケットのコアステージと補助ブースターのみで構成されており、第2段ロケットを持たないという特徴がある。前述に示した2つの処分方法は、長征5号Bではいずれも実施されていない、「今日では非常に珍しい」(McDowell)方法であった。また、長征5号Bは非常に巨大であり、これが第1段ロケットとして軌道を周回するということは、あまり例のない事態といえる。McDowellによると、1990年以来、10トンを超える宇宙物体で、設計・計画において制御システムを組み込んでいない再突入はなかったという。

 残骸デブリの落下の推移は、ロケットの設計の初期段階から打ち上げ場所の選択、打ち上げ姿勢と軌道まで、中国の宇宙当局によって慎重に検討されたという。しかし、中国政府は当初、残骸デブリの落下状況を即座には把握していなかったようである。外交部の報道官であるWang Wenbinは、落下状況に関する記者の質問に答えられなかった。

 外交部は、ロケットが軌道上での爆発や残骸デブリの拡散を引き起こさない不動態化技術を採用しているとの説明を繰り返した。中国の不動態化技術は、ロケット本体から残りの燃料と高圧ガスを外部環境に放出し、ロケットの爆発リスクを排除するために、搭載されているバッテリーを切断することだという。Wang Wenbinは、ロケットが大気圏に再突入する間に燃え尽きるのは世界で一般的な慣習であると主張している。

 中国には、宇宙機器の一部をさまざまな場所に落下させてきた。四川省にある西昌衛星発射センターから打ち上げたロケットは、予定飛行経路に沿った(downrange)農村地域に日常的に落下させ、しばしば被害を引き起こしている。2020年5月には、今回と同じ長征5号Bロケットのコアステージを制御せずに、残骸デブリは太平洋へ落下し、その一部が西アフリカのコートジボワールで発見された。

専門家の指摘

 不動態化の措置が施されていれば、無制御落下の措置は許容されるのであろうか。ほとんどは大気中で燃焼するように設計されているため、地面に着く部品はほとんどないとされるが、ステンレス鋼やチタン製のタンク、スラスターなどの耐熱性材料で作られたコンポーネントは、地面に到達する可能性があるとされている。大きな物体の場合、その10〜40%が地面に到達し、正確な数はその物体の設計によって異なる。コアステージの大きなタンクは燃焼し切らず、破砕した状態で落下する可能性があるという 。

 McDowellは、SpaceX社のファルコン9ロケットの7倍の大きさのロケットを制御不能な方法で再突入させることは容認できないと主張した 。ロケットのブースターがいつどこに着陸するかを正確に特定することは不可能であるし、中国はこのような処分方法が人に被害を与えないようにするという実績を持っていないという。そもそも設計段階で巨大なロケットのコアステージを低軌道に送るように計画されており、制御されていない再突入が常態化する可能性が高まっているとも指摘している。

 また、低軌道には約900のロケットステージなどの廃棄デブリがあるといわれている。大型のロケットが低軌道に投入されれば、これらの廃棄デブリとの衝突の可能性があり、また低軌道域から徐々に高度を下げて大気圏へ再突入する過程ではよりさまざまな環境要因を受け、落下の予測がより困難にもなる。第1段ロケットを制御する方法自体はほとんどの国が行っていないようだが、それはそもそもリスクの不確実性を増す低軌道への投入を行っていないからであろう。そのため、低軌道に大規模なロケットステージを投入することは危険であるといえる。

 なお、中国政府の主張とは反対に、米国FAAのGreg Autry(the member of the FAA’s Office of Commercial Space Transportation advisory board)は、中国の「無制御」再突入は一般的な慣行ではないと主張している。

国際規範の形成へ

 安全な廃棄処分方法は、これまでの危険な「無制御」再突入の反省から構築されつつある。2段式ロケットの設計や軌道離脱操作、逆噴射システムなど、さまざまな方法がある。

 長征5号Bの「無制御」再突入に対して、専門家が、安全やデブリの発生防止のために、ロケットの設計と再突入時における処分方法の慣習性に言及していることは意義のあることである。中国はこれとは別に、問題があると指摘されている「無制御」の処分方法を選択しているが、中国政府は、専門家が推奨する処分方法については少なくとも一般的な慣行ではないと否定しているわけではない。今後も中国が「無制御」の処分方法を実施し続ける可能性があるが、世界の大半では制御された処分方法を実施することを慣習とし、国際的な規範の形成につながっていくことが期待されよう。

※冒頭の画像は、H-IIBロケット2号の第1段ロケットがペイロードから分離する様子(出典:JAXA)

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