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わけのわからないもののスゴさはもっと理解されるべきだという、登美彦氏と『熱帯』を巡る長い話の本題(つまり完結編)

我ながら、随分長々と書いたものだと思う。もともと、これが言いたかったがために、多少作品にも触れようと思ったのだが、案外難産であった。ただ、思ったより、長いものも書けるようになってきたのかな、と思うところである。面白いかどうかは別の話だが。。

不可解な作品はそれゆえに楽しみが広がる

『熱帯』の魅力は、その「わからなさ」にもある。エヴァの物語としての魅力も、色々意見はあるだろうが、ひとつはその「わからなさ」にあるのではないかと思っている。

ジャンルを問わず、作品の消費、つまり楽しみ方のひとつに、解釈し、語りあう、というものがある。どんな作品であっても、オーディエンスは自由に解釈をし、それをもってコミュニケーションを行うことでソーシャルに楽しむことができる。この点、わからない作品は、解釈の余地が大きいため、こういう楽しみが広がりやすいという性質がある。

もちろん、一見シンプルな作品であっても、「実はスゴイ」とか「実はコワい」みたいな、解釈を楽しむ二次創作的な遊びは成立する。人間の想像力には限界がなさそうなので、創造力を掻き立てるものであれば、わかりやすさは究極的にはあんまり関係ないのかも知れないが、やはり難解な作品のほうが、腕のふるいようがあるものだろう。

人類は、科学とかを通じて、世界を理解することを楽しんできた。知りたい、わかりたいという欲望である。これは人類の発展に大いに寄与してきた原始的なエネルギーのひとつだろう。

何かを「わかる」するためには、わからないものが必要である。不可解な作品は、そういう好奇心魔人たちに、格好の材料を提供する。

また、単純に問いがあれば良いというわけでもなくて、こういうのは、難解であることに価値がある。簡単にわかってしまうことだと、解釈ができた後のスッキリ感やオレスゲー感が少なくなってしまうからである。そう、やすやすと解かれる謎にはロマンがないのだ。

そして、わけのわからないものは、その謎や解釈を共有する共同体を生む。まさに『熱帯』の中にも、『熱帯』の謎で結ばれたコミュニティが描かれるわけだが、これは現実世界でも、よくあることだ。おれの経験上、大学サークルとかにある「~~同好会」みたいな組織は、王道作品ではなく、マニアックな、とんがった作品をバイブルのように評価しがちである。

ここでも、ナゾの作品はやはり直ちに答えが出ないもののほうが良い。正しいかどうかはともかくとして、色んな新解釈が飛び出すぐらいのほうが、長く楽しめてよいものだ。仲間と議論をして、世界の謎を解いたような気分でスッキリ寝る。そしてまた、新しく思いついたことを語り合う。これがあんまり早く終わってしまっては困るのである。

作品の性質によって、どういう味わい方をするのが良いかというのは異なってくるが、難解な作品には、そういった二次創作的な消費に向いているという強みがある。

もちろん、難解であればなんでもいいというわけではない。その謎を解明したいという動機が必要だ。そのために、無駄にカッコいいシーンや、不思議だが印象的な場面、意味は分からないが心をつかむ言葉、そういったものは必要だ。つまり適切なディティールだ。

そういうものが、人間の想像力を掻き立てる。想像力は内なるパワーだ。内なるパワーを持った人間は、困難にも取り組むことができるようになる。謎めいた作品は、そういう力を与えてくれるのだ。

このメカニズムはビジネスにも応用できる

意味不明な名言めいたものが人の心をとらえるケースは間違いなくある。当然、意味不明であればいいということではないのだが、人間の心を動かしたり、勇気を与えたりという効果を考えた場合、理路整然と語ることよりも、ちょっと意味わからないぐらいのことを言ったほうがいい場合がある。

ビジネスでも、すべてをきっちりと説明することよりも、いったいどういう意味であろうか?と考えさせるぐらいがちょうどいいことがある。それが自分の知らないところで話題になったりして、色んなアイデアが飛び出すようであれば最高に良い。

当然ながら、常に意味不明であるとどうにもならないというか、信頼関係がない場所で謎めいたことを言ってみてもしょうがないのだが、この人が言うからには、何か意味があるに違いない、ぐらいに思わせるナゾ発言が実は一番ベストなのではないか、とおれは最近思っている。

重要なのは、人を前向きに動かすパワーを持った言葉であるかどうかだ。人を動かすのに論文のような厳密さはまったく必要ではないというか、フィクションでもいいし、何ならわかりやすいことを言う必要もない。インパクトがあって考えさせる、そんな言葉がよい。

では、具体的にどうすればいい?となると、正直に言って、おれもまだ試行錯誤をしている段階だ。今のところ経験則で、ちょっと物事を大げさに面白おかしく言うほうが、楽しんでオーダーに取り組んでもらいやすい、というのはある。無理めな例え話とかも良い。ただ、その効果を得るためには、日ごろから何割かはまともなことを言っておかないといけない。その割合は今はまだわかっていない。おれ自身、徐々に割合を減らして試している途中だ。

不可解パワーを身に着けるために

無理やり話をまとめる事にしよう。不可解力を適切に行使することで、正攻法では対処しずらい問題をうまく扱える場合がある。人々をインスパイアすることもできる。不可解力を磨くためには、不可解だけど魅力的なものについて、洞察を深めておかなければならない。魅力のない不可解には誰も見向きしないからだ。よって、どうすれば、魅力的で人の興味を引き、モチベーションを高めるような不可解なものを作ることができるか、それを探求し続け、日々研鑽する必要があるだろう。

わけがわからないが印象に残る作品には、そういうヒントがあるかも知れない。そんな視点で鑑賞してみると、示唆に富んだ作品がたくさん見つかり、人生がまた楽しくなることだろう。そんなヒントを『熱帯』が与えてくれた・・・とまでは言えないが、話がよくわからなかった、という一点から、こんなに長々と語れるぐらいのパワーを持っている作品だ、ということだけは言えよう。

ちなみに、おススメかどうかで言うと、さほどおススメではない。読みやすくて面白い作品は世の中にいっぱいあるからだ。「それでも」という気合の入った人だけが読んで、無理やり自分の糧にしてほしい、そういう作品である。


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