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エルデンリングの世界「狭間の地」の過酷な旅を楽しむ

■ まだ旅の途中

エルデンリングは硬派なゲームだ。その旅は長く、まだ終わらない。

まずは、そのアクションゲームとしての難しさ。各地で待ち受けるボスが強いのは当然。ザコ敵ですら強い。下手をすると犬にも勝てない。複雑なダンジョンの中では、物陰、曲がり角の随所で当たり前のように待ち伏せがあり、忘れたころに天井から敵が降ってくる。

次に、RPGとしての硬派さ。舞台は「狭間の地」。破砕戦争なるひさんな争い後の世界。まともな人間はほとんど残っていない。世界を旅するRPGにつきものの、おせっかいで、おしゃべりで、図々しい村人。そんな者は登場しない。どちらかというと、顔を合わせるや否や殴りかかってくるほうが多いぐらいだ。

物語は常に断片的に語られ、全体像はおぼろげにしかわからない。そして、そうした断片は、ひたすらに敵を打ち倒して先に進むだけでは十分に得られない。中には、周辺地域を旅する中で半ば偶然に出会うしかないようなものもある。一度通しでクリアしたぐらいでは、世界は謎だらけのままだろう。

世界の謎に迫るヒントの一端は、実は旅の中で手に入れた持ち物の記憶にある。アイテムのひとつひとつに付された物語、フレーバーテキスト。これをひとつひとつ丹念に読むことによって、はじめて明らかになる情報が多々ある。というか、ゲームを進める上でも、読むのが半ば必須だ。

そして、今作が過去のソウルシリーズと大きく異なるのは、広大なMAPを有している点だ。これがまた、あまりに広い。各エリアには、「レガシー」と言われる、巨大で複雑なダンジョンの他に、坑道、地下墓、砦といった小さめのダンジョンがあり、強力な敵が各地に配置されている。そして、その「寄り道」のひとつひとつに、貴重な装備や魔術そして技が隠されている。ハズレがない。

この「寄り道」の豊かさが、本作の最大の問題だ。何しろ、人類のリアル時間にダイレクトにダメージを与えてくる。

さて、こうした硬派なゲームになぜ人々は、自分は取り組むのだろうか。多大な時間をついやして、キャラを強くし、自らの技術を磨いて、はじめて強大な敵を打ち倒すことが可能となる。これらは全て、人が生きていくためには必要がないことだ。娯楽というには、一見あまりに苦しい。しかし、その先の喜びに多くの者が魅了され、今や世界中でプレイされるタイトルにまでなっている。

登山?筋トレ?マラソン?考えてみると、似たような仕組みの趣味は色々とあって、世界中で楽しまれている。そういった昔からある娯楽のデジタル化された姿がこの種のゲームと考えることもできそうだ。伝統的で「フィジカルな」娯楽と比較した場合、ゲームが要求する身体能力はどういったものだろうか。典型的な身体である筋肉という面では、手先の器用さは一定程度必要とされるが、それはさほど重要ではない。それよりも、画面から必要な情報を読み取って素早く判断する能力や、現実でないゲーム内空間での衝突、回避といった現象をイメージする能力、そういったものが要求される。更には、ゲーム画面の裏で走っているシステムの仕組みを推測するといったことも必要となってくる。

ゲームを通じてであっても、そうした能力が鍛えられることは、やはり人間にとって嬉しい事なのだろう。いずれ、そうしたトレーニングが、より現実っぽい問題を解決する場面で、どのように活かされるのか、そういったことも解明されてくるのかも知れない。それまで自分は、このあまりに苦しい不可解な娯楽を、取り敢えずナゾはナゾとして、あるがまま楽しもうと思う。

ちなみに、ゲームはともかくとして、副次的にだんだん動画の編集がスピーディーに出来るようになってきたのは最近感じるところである。いずれ、これも何かの役に立つのだろうか。

以下、撮りだめた動画をいくつか載せておこうと思う。

ネタバレといえばネタバレになるのでプレイするつもりの人はご留意頂きたい。

【序盤ボスにしては強すぎると評判のマルギット、デミゴッド(ステージボス)ですらないのだが】

【最初に倒すべきデミゴッド、「接ぎ木のゴドリック」】

【マルギットを更に鬼畜にするという暴挙、忌み王モーゴット】

【最近戦った中での強ボス、宿将ニアール】


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