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ブルネロ・クチネリ『人間主義的経営』という本は全然ビジネスのノウハウを言わないので斬新だが考えさせる。

ブルネロ・クチネリ『人間主義的経営』

■ハイブランドについてはよく知らないが、インターネットで、ブルネロクチネリの服を調べてみるとすぐにどういうものかわかる。バカみたい高い服のブランドである。

その原点ともいえるカシミヤのニット製品だと、チョッキ(ベストだ)でも20万円とか余裕でする。アウターともなると、下手したら100万とかするわけである。普通のシャツやパンツでも8万とかする。もちろん、それだけのこだわりが品質にはあるわけだろうが、これを服の値段だと考えるのはもう無理。そんな領域に達しているめちゃくちゃスゴイブランドだ。

そんなクチネリ氏の著書が、『ソロメオの夢。我が人生と、人間的資本主義のアイデア』(Il sogno di Solomeo. La mia vita e l'idea del capitalismo umanistico)である。

■一見ビジネス本のような顔をして書店に並んでいる本書だが、ビジネス本らしい明日からできるようなノウハウは書かれていない。書かれているのは、経営における哲学のようなものだ。

クチネリ氏は、経営において、人間の尊厳、美の追及、そして過去と未来、自然と人工物との調和、そういったようなものを重視しているという。ある種の「リアル」なビジネスマンには大変嫌われそうなタイプである。昔何かで、偉大な経営者というのはすぐ哲学だとか教養だとかを語りたがるが、要するにそういうのは成功者になってから暇だからそういう勉強をしてそういうことを言うようになっただけであって、現場でたたき上げているときにそんなことを考えていたやつはいない、というディスりを見たことがあるが、それもある部分正しいように思う。

そういうのは往々にして食うに困ってないから言えることである、というのは概ね間違いないことだ。そして、世の中には食うに困っている人も沢山いる。綺麗ごとではすまされない世界というのは確かに、我々の目の前にいくらでも転がっているわけである。

そんなわけで、ビジネスでどうやって成功するか。顧客に価値をどう感じさせて、マネタイズするか、そういったノウハウを紹介するものには事欠かない昨今である。確かにそういった現実的なテクニックやノウハウ、基本的な考え方というものは大事だ。しかし、そんなことばっかりで良かったんだろうか、そう思うこともないわけではない。

時代のトレンドは常に移り変わる。今、盛んに言われていることも、明日にはもう有効じゃなくなっているかもしれない。そんな時代に、人間という存在にとって、変わらないものってなんだろう、そういう視点も必要だろう。偉大な、ギリシア、ローマの賢人たちなどの言葉を引きながら、クチネリ氏はそういったことを語っていく。

クチネリ氏の言葉が明日からビジネスの現場で役に立つことはない。まったくと言っていいほどないだろう。だからと言って、自分は何のためにこれやってるんだっけ?という問いが無くていいわけではない。

■最近「ゲームさんぽ」の都市景観とか建築の話をみていて改めて思ったのだが、街を歩いていて、普段注意を払っていない領域というのは、それはもうとんでもない膨大さであるわけである。ところが、一度建築家や都市景観のPROの言葉を聞くと、都市の姿が全然違って見える。今まで、見ることができなかった情報の存在に気づくことができるようになる。

ここまでの話は前も何かで言ったことがある気がするのだが、結局そういうことはありとあらゆるジャンルで同じように発生しているわけだ。

見過ごされそうな情報の海の中から、価値のある情報を拾って、それに的確に対処していく。それをやろうと思った場合、色んなものを見ることができる能力が不可欠である。見えているものに単純に対処しているだけでは、案外低いところが限界になってしまうのかもな、ということを思う。

■クチネリ氏が言うことはもちろん立派な事だが、そもそも偉大な経営者になれたのはなぜなのか、ということが問題で、もちろん読者の知りたいのはそこである。それに対する答えは、本書で明示されているような、人間の幸福のために調和の中で生きる事、めいたことではなく、古代から受け継がれてきたギリシア、ローマの教養に明るい、みたいなことだったのかも知れないと思う。

会社経営においては、常によくわからない物事を判断して決定して行動していく必要がある。結局、その繰り返しに過ぎないのではないか、という気もしないでもない。問題を的確に、より良く解決していこうと思った場合に、必要な情報が十分に拾えていない状況ではどうしようもない。しかし、案外多くの人が、自分の目に映らないものがどれだけ沢山あるかということを想像すらしないまま、目の前の問題に立ち向かっている。

ほんとうに大きい仕事をして、それを世の中に残していけるレベルの人というのは、人間としてもまともであることが多い。まともな人間とは何かという話になるのだが、結局、人間として歴史を超えて変わらず大事であり続けること、みたいなことを、ちゃんと押さえられてるかどうかなのかなあ、みたいなことを思う。

取り敢えず、ビジネス書として具体的なビジネスのノウハウを全然言ってないというのは、ある意味斬新な切り口ではあるので、まあ興味があれば。


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