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ポール・オースター『サンセット・パーク』はいきなり終わるタイプの印象に残る群像劇だった

■ ポール・オースター『サンセット・パーク』

ポール・オースターの2010年の小説。いつもの柴田元幸氏による邦訳版が2020年にリリースされた。ポール・オースター作品について過去になにか言ったことがあったかどうかあまり覚えていないし探せないのだが、『シティ・オブ・グラス』、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』といった、いわゆるニューヨーク3部作や、『ムーン・パレス』といった作品で、1980年代後半に頭角を表したアメリカの作家である。人によっては、名作と名高い映画『スモーク』(1995)、の原作・脚本で知っているかも知れない。ちなみに、いっとき毎年クリマスに観ることにしていたぐらい良い作品なので、『スモーク』という映画を、観たことがないなら早く観たほうがいいぜ。

なにげに、ゼロ年代ぐらいまでは1~2年のスパンで作品を発表していて相当数の作品が邦訳されている。自分は、なんとなく気に入っていて、小説作品については結構読んでいるはずだ。たぶん、なんだかんだ見かけたら買っているという事は、面白かったということなんだろうと思うのだが、思い返すと、驚くほど内容を覚えていなかったりするのが恐ろしいところである。

ポール・オースターについていつも悩ましいのは、どういう話?とか、どういう作家?とか聞かれても、端的に答えられないところだ。一番気に入っているシーンは、貧乏な主人公が、1日に1個食べることにしてる卵を、うっかり落としてしまって、床板のすき間に消えていくのを眺めながらなんか人生おわった感じになるところ(ムーン・パレスの名場面)、などと説明したところで、ほとんど何も伝わらないわけである。(なお、過去にこの説明で実際に本を買った奴が2人だけいて、ひとりは『ゲルマニウムの夜』を何回もひたすら読んでる奴で、もう一人はハルキストだった)ちなみにこのシーンを紹介するのはギャグでもなんでもなく、ムーンパレスと言えば、「指の間から卵がすり抜ける」シーンを挙げる人はかなり多いし、黄身は月つまりムーンなので、作品のモチーフとして結構大事なんだろうと思うが、結局何なのか説明しろと言われると、よくわからない。

まあ考えてみれば、優れた作品というのは、往々にして謎めいているものである。十字路に接吻したら、なんか救われた感じになった、みたいな話も、長々と読んできたお話だから、なんとなく、そっかーとなるものの、他人にこれを説明されてもサッパリなんのことかわからないだろう。ポエミーな宇宙人がぽいっと投げたハガキ大のなにかによって、太陽系がずんずん二次元に落ちていって滅ぶ、とかもサッパリわけが分からないが、印象的なシーンだ。なんかスゴイ作品というのはそういうものである。

『サンセット・パーク』も例によって、どういう話かを説明するのは難しい。本作は、ブルックリンのサンセット・パークに建つぱっとしない小さな二階建て木造の空き家に不法に居住する事となった若者たちと、主人公格であるマイルズ青年の家族たちの生活と内面を描く群像劇っぽい物語である。

元々は優秀な奴だったぽい主人公格のマイルズは、過去の出来事をきっかけに、家族と縁を絶って、空き家の廃品回収のような仕事をしながら、未来に希望を持たずに暮らしている。彼をサンセット・パークへといざなうこととなる古い友人ピングは、現代社会に抵抗するというナゾのポリシーを持った、若干拗らせた感じのやつだが、なんかいい奴だ。ピングは古い機械の修理屋を営んでいる。大柄なアリスは、第二次世界大戦直後のアメリカについて、『我等の生涯の最良の年』という映画を題材に博士論文を執筆している。一番関心のあるテーマは「男女間の葛藤」だ。そして、絵描きを志す若干傷つきやすいエレン。彼女は、心のうちにナゾにエロを秘めている。この4人がサンセット・パークで暮らすこととなる。

男女の共同生活というと、露骨になにかが起こりそうな気配がするが、昨今流行のリアリティーショウのようなことにはならない。それぞれの過去、内面、同居人に対する思い、といったものが代わるがわる描かれるが、その多くの部分はお互いに開示されない。共に暮らす隣人であっても、秘めた胸の内の全てはわからない。それは、マイルズとその家族の間でも同じだ。物語は、そんな登場人物たちの控えめであり時に奇妙な交流を通じて、彼らがお互いを理解し、また自分自身を理解していく様を描く。人生が良い方向に進んでいくような、そんな気配が感じられてきた刹那、物語は突然幕を閉じる。指の間をすり抜けるように。

世の中には、確かに未来とか幸せみたいなものを掴み取るのが下手な人がいる。全体としては不幸でなくても、誰しも、なにかしら掴み損ねたような経験を持っているだろう。そうした、人によって大小さまざまな喪失みたいなダメージからリカバリーして、自分なりのものを見つけていけるかどうか。それは傷の深さなのか、当人の人生との向き合い方なのか。

読後感として、やはりナゾに包まれるような感覚はあるものの、不思議に印象深いオチである。全体の感触としては、静かに人生を終えるためにブルックリンに戻ってきたおじさんとその仲間たちを描いた『ブルックリン・フォリーズ』とやや似たものがあるように自分は思った。同作は、『スモーク』、そのスピンアウト的作品『ブルー・イン・ザ・フェイス』(これはこれでフェイバリットである)で描かれたような、愉快で前向きなブルックリンの住人たちの中で、半ば死に場所を求めていたような主人公が幸福にたどり着くような話なのだが、突然、ひさんな気配を醸して終わるという(おれの中で)問題作だ。なぜ綺麗に終わらないのか。でも良い作品なんだ。

ナゾにバッドエンド系で言うと、ヘミングウェイの作品なんかもそういうのがあったような気がする。こういうアレ?という終わり方をするものは、ぶっちゃけなんでそういうラストになるのか自分レベルではよくわからないのだが、ふと思い出すような印象に残る作品である事が多い。そういう作品こそ、折に触れて読み返したくなるものである。何べん読んでもナゾはナゾなままだったりするのだが。

『サンセット・パーク』もそういう作品になるだろうか。こればかりは時が経ってみないとわからない。ただ、楽しみに本棚にしまっておきたくなる、そんな作品である。

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