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ASDと診断されたわが子。これからのことを考える。

ASD、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder)。つい先日長女が受けた診断名。生まれた時から発達が遅れ気味(半年遅れぐらい)で、周りとの関わり方もとてもマイペースだった。もしかして発達障害的な何かがあるのかな?と思ってはいたけれど、まさか自閉症だとは思わなかった。

自閉症の傾向が見られます、と先生に言われたときに、頭がはてなだらけになった。診断内容が受け容れられないというよりは、「自閉症」という診断名があまりにも娘に照らし合わせた時にピンと来ない。それというのも、彼女は割とおしゃべりだし、おおらかでオープンな性格で、「閉ざしてる」感がなかったのだ。娘が典型的な自閉症ではなくて、非典型的な自閉症のタイプだったから余計、当てはまる感じがしなかったのだと思う。

でもそれは、ただ単に自分がASDのことを全く知らなかっただけで、先生からの説明や本を読めば、まぁきれいに当てはまった。
なんかしっくりこないな、と感じてイライラしていたあの行動や、あの反応、なんだそういうことだったのか!と腑に落ちる腑に落ちる。

娘がASDでショックだったか、と言われると、ショックな気持ちはゼロではないけれど、なんだろう…ショック度合いで言うと、気持ちの全体の10%は切ってる。
そう思えたのにはたくさん理由があって、一つは診断してくれた先生の説明がとても丁寧で、娘の人としての価値を否定するような発言が一切なかったこと。

もう一つは、cotenラジオの障がいの歴史を聴いたことも大きいかなと思う。
あのシリーズで本当に障がいに対する考え方が変わった。その人に障がいがあるかは社会が決めてるんだって言うことに今更ながらに気づかされた回だった。新しい技術が登場すると障がいじゃなくなる障がいもある、みたいなことも確か言っていて、本当に確かにそうだな、確かにそうだわ…としみじみ。
(その時は、たしかメガネができて、弱視の人が障がい者じゃなくなった、みたいな話だった気がする)

あと一つ。これは、診断を受けた後に看護師の方におすすめされた本。
この一冊が本当に、ふわふわして落ち着かない気持ちに寄り添ってくれたし、自閉症についてたくさん学ぶことができた。不安な気持ちは残るものの、恐怖心みたいなものが少し薄まったし、励まされた。そして、改めて知らないことについては情報をとりに行く大切さを感じた。

この本については、また改めてきちんと紹介したい。

何はともあれ、娘がASDと知って、私がどう思ったかは以下のとおり。

・ASDは脳の特性。血液型のようなもんで、脳型とでも呼びたい。その特性が彼女の価値を下げることにはならないし、ASDという診断名がついても、変わらず自分の大事な娘であるということ。

・娘の取り扱い説明書を作っていく、という感覚で、特性に向き合っていこうと思っている。

・ありのままのわが子に寄り添える保護者でいられるよう心がけよう。良くも悪くも期待しない。(これが地味に1番難しいかも)

これから先、どうなるのかな、と不安を感じつつも、なんというか、診断されたからと言って娘が何か別のものになったわけでもなく、日々は続いていく。

娘が大人になった時に、血液型って何型?ぐらいな感じで、脳型は何型?あ、私ASD型やでー、と普通に言える世の中になっていってほしいな、と思う。

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