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【短編小説】尻尾堂古書店奇譚~檸檬~

 「因幡はこの店を爆破するつもり?」という犬上の一言に、因幡はあからさまに機嫌を損なった。
 文豪に魅了されし者が、例外なく憧れる行為の一つ。積み重なった店内の書籍の上にぽつんと置かれた黄色い檸檬。
 うつむき加減の因幡は「悪い?」と吐き捨てるように、犬上に抗ってみた。恥じらいを見せることを恥じらうお年頃の女子高生である因幡の表情は、本棚と本棚に挟まれる勇気のいる古書店の中では確認しづらい。
 カジイさんの真似して悪かったね。わたしは『れもん』っていうタイトルを聞いたら、ヨネヅよりカジイだから。

 「お前らいちゃいちゃうるせえぞ」と、店の奥から店主の酒に焼けた声が飛んできた。ふらつく足で仁王立ちする老人はここの店主。
 犬上は『ら』の一員じゃないんだけど……と、店主に抗議したいのだが、こういうときはやり過ごすに限ると信じて本棚を物色。因幡と同じ高校帰りの犬上の楽しみは、この尻尾堂古書店で時間を過ごすことなんだから。

 「おじさんだって、コレやったよね?」
 「するかよ」
 「犬上もしたよね?」

 犬上はスルー。
 もしも、文豪たちと話を交わせるのならばと、妄想が止まらない因幡は自分が置いた黄色い檸檬をひっこめた。灰色とセピア色に塗れた空間には、この果実は眩しすぎるから。

 「嬢ちゃん。その檸檬、くれや」
 「安くないですけど!」

 唐突な店主の要求には面食らうなぁ、と因幡は「別にいいですよ?」と、幼稚園児のように拗ねた声で黄色い果実を渡した。
 「ほれ。お代」と、店主が檸檬の代わりに渡したものは少女漫画だった。

 「おれの娘がくれたんだけど、おれには酸っぱすぎる」

 娘がいたんだ。しかも、それ、読んだんだ。因幡も犬上も老人の声に手を止めていた。しわだらけの手には似つかわなさすぎるきらきらした装丁、エモいと呼ばれる手書きのロゴ。どれもこれもミスマッチすぎる。しかし、それでもきちんと、この老人が受け止めていたことに『書物』への愛情を感じるではないか。

 「あ、ありがとうございまう」

恥じらいを見せることを恥じらうお年頃の女子高生である因幡は、語尾を噛んだことに気づくことなく、店主からのお礼を手にして自分のカバンにしまい込んだ。

 「檸檬のしぼり汁を焼酎に入れると美味いんだ」

 ××××××××××

 あくる日。
 自転車で帰宅しようとする犬上を校門で因幡は待ち構えたように呼び止めた。ぎぎぎっとブレーキの音が軋むと、何も言わずに犬上は振り向く。

 「これ。読みなよ」
 「昨日の漫画じゃん」
 「犬上には甘酸っぱさが足りないから、これでも読んで爆発しろ」

 檸檬の代わりに少女漫画。
 頬を赤らめた因幡が押し付けるように犬上の自転車のかごに少女漫画を入れるので、犬上はこの少女の言わんとすることを理解するのに時間がかかった。

 「いい?犬上、耳かっぽじいて聞け。犬上のばーか」


トップ絵はAIと共に作成。


 

 

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