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#402 サーモンが江戸前寿司のネタにならない理由とは?

江戸前寿司と言えば、シャリに新鮮なネタをのせた一口サイズの芸術品。その中で、サーモンがあまり見かけないことに気づいたことはありますか?現代の回転寿司ではサーモンは人気ネタの一つですが、伝統的な江戸前寿司ではその姿をほとんど見ることがありません。今回はその理由について探ってみたいと思います。
#江戸前寿司

江戸前寿司の歴史


江戸前寿司の起源は江戸時代にさかのぼります。当時、東京湾で獲れる新鮮な魚を使用しており、アジやコハダ、タイなどが主流のネタでしたが、サーモン(鮭)はその中には含まれていませんでした。これにはいくつかの理由があります。

まず、地理的要因が一つです。江戸湾(東京湾)では鮭が獲れなかったため、江戸前寿司のネタとして使われることはありませんでした。江戸時代当時、日本で鮭が主に獲れていたのは、北海道や東北地方の川や沿岸部です。特に、北海道や青森、岩手、宮城といった地域では鮭が多く漁獲されていました。これらの地域の鮭は、塩漬けや干物など、保存食として利用されることが多かったため、江戸まで鮮度を保ったまま運ぶことが難しかったのです。
#流通の限界

アニサキスとサーモン


もう一つの重要な理由は、寄生虫リスクです。サーモンにはアニサキスという寄生虫が潜んでおり、これが原因で食中毒を引き起こす可能性があります。当時の日本では、アニサキスを恐れて鮭を生で食べる習慣がほとんどありませんでした。アニサキスを死滅させるためには、次の二つの方法があります。

  1. 60度以上での1分以上の加熱

  2. マイナス20度以下での24時間以上の冷凍

しかし、江戸前寿司が誕生した頃には冷凍技術が存在しておらず、生で食することができなかったため、サーモンは寿司ネタとして採用されませんでした。また、アニサキス以外にも、鮮魚に潜むその他の寄生虫や食中毒リスクも存在しており、生食文化には慎重さが求められていました。

寿司業界では、鮭とサーモンは別物とされています。日本で獲れる鮭はギンザケやシロサケですが、寿司ネタとして使われるサーモンはタイセイヨウサケやブラウントラウトです。分類学上はどれも同じサケ目サケ科に属しますが、日本で獲れる鮭はサケ目サケ科サケ属、寿司屋で取り扱うサーモンはサケ目サケ科サルモ属と、厳密には種別が異なっています。この違いも、江戸前寿司にサーモンがない理由の一つと言えるでしょう。
#鮭とサーモンの違い

日本における生サーモンの歴史


今では当たり前のように生で食べられているサーモンですが、日本で初めて生で食べられたのは1985年頃のことです。それ以前は、【鮭=火を通して食べるもの】という概念が日本人の中に根強くありました。輸入・卸売業者や加工業者は、生食を推奨するサーモンの販売に苦戦していました。

ここで登場するのが、ノルウェーの水産ビジネスマン、ビョーン・エイリク・オルセン(Björn Eirik Olsen)氏です。ノルウェーはサーモンの養殖に世界で初めて成功した国ですが、当時他の国々でもサーモンの養殖が盛んになり、冷凍サーモンの過剰在庫が問題となっていました。そこでオルセン氏は、生魚を食べる文化がある日本にノルウェー産のサーモンを輸出することを考えつきました。

オルセン氏はまず高級寿司店へのアプローチを試みましたが、「身の色が白く、おいしそうに見えない」として受け入れられませんでした。そこで、ターゲットを回転寿司に変更し、オレンジ色の身を持つ養殖サーモンの開発に取り組みました。このオレンジ色のサーモンは、食事の際に見た目が良く、食欲をそそるように特別な飼料を使って養殖されました。この努力が実を結び、日本の回転寿司チェーンでサーモンが受け入れられ、日本における生サーモンの消費が急速に拡大しました。

その結果、1980年にはほぼゼロだったサーモンの輸入量が、1995年には約24,000トン、2019年には約37,000トンにまで増加しました。
#ノルウェーサーモン

冷凍技術とサーモンの普及


このように、冷凍技術の発展とオルセン氏の取り組みにより、サーモンは日本に輸入され、寿司ネタとしての地位を確立しました。特に北欧やアラスカから新鮮な状態で届けられるようになり、現代ではすっかり寿司の定番ネタとなっています。しかし、冷凍技術がなかった江戸時代には、鮭が獲れる地域から江戸まで鮮度を保ったまま輸送することが難しく、結果として江戸前寿司のネタには採用されなかったのです。

江戸前寿司の職人たちは、ただ美味しい寿司を作るだけでなく、寿司に対して深い哲学と信念を持ち、何世代にもわたって受け継がれてきた技術を大切にしています。サーモンが持つ独特の脂の甘みや食感は、伝統的な江戸前寿司のネタの味わいとは異なります。職人たちはネタの選択にも慎重で、江戸時代から続く伝統を壊さないようにしているのです。
#江戸前寿司のこだわりと伝統

サーモンと江戸前鮨の未来


しかし、近年では江戸前寿司でもサーモンを取り入れる店が増えつつあります。これは、時代の変化とともに顧客のニーズに応えるためです。特に若い世代にはサーモンが人気であり、伝統を守りつつも、新しい風を取り入れることが求められています。こうした動きは、江戸前寿司の未来を見据えた進化の一環と言えるでしょう。

もし、江戸前寿司を食べる機会があれば、伝統的なネタと新しいネタの両方を楽しんでみてください。職人が心を込めて作った一貫一貫には、それぞれに物語があります。その背景を知ることで、より一層深い味わいを感じられるでしょう。また、サーモンがない理由を知った上で、次に寿司屋に足を運んだ際には、少し違った視点で楽しめるはずです。
#江戸前寿司を楽しむために

まとめ


江戸前寿司にサーモンが少ない理由は、地理的要因、寄生虫リスク、そして当時の冷凍技術の未発達さという歴史的な背景にあります。さらに、寿司業界での鮭とサーモンの厳密な区別や、ノルウェーからのサーモン輸入の歴史も関係しています。しかし、現代ではその境界線が少しずつ薄れてきているのも事実です。伝統を守りつつも、新しい挑戦を続ける姿勢こそが、江戸前鮨の真髄かもしれません。次に寿司を食べる際は、ぜひその点も意識しながら味わってみてください。
#江戸前寿司とサーモンの共存


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