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ピザ屋の彼氏になってみたい(『丸の内サディスティック』論考)

椎名林檎がデビュー20周年を迎えました。

4年ぶりのアリーナツアーの決定、豪華アーティストによるトリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』のリリース、AppleMusic/Spotifyなど各種定額音楽配信サービスでの全曲解禁など、ホットなトピックが続いています。

サブスクリプション解禁によって、改めて旧譜を聴いた方も多いようです。

私のTwitterタイムライン上でも

・『無罪モラトリアム』(以下『無罪』)を録音したMDの色までフラッシュバックしてしまう者
・忘れていたはずの歌詞が思い出され服がビリビリに破けて全裸になる者
・全曲への思い入れが強すぎてPTSD状態になっており曲が絞れずマイプレイリストを作成することができない者

などなど、椎名林檎にDNAを傷つけられてしまった人間たちの病気が再発してしまい、阿鼻叫喚状態となっています。

私はというと、『無罪』発売時、14歳でした。リアルタイムど真ん中世代と言ってよいかと思います。ただし私は椎名林檎の大ファンというわけではありません。彼女の音楽に深く感心こそすれ、心の底から熱狂したことはなかったように思います。しかしその一方で、貪るように、執拗に、椎名林檎を聴き、歌詞の意味を徹底的に考察していた時期は何度もありました。

好きになった女の子が椎名林檎好きだったからです。

文系サブカル男子(もはや死語)のあるあるでしょう。

“林檎好き女子が好き”(ゲシュタルト崩壊)という私の趣味はずっと尾を引いており、今思い返しても林檎好きでない女の子と恋愛したことは一度もないかもしれません。

・・・とにかく椎名林檎を聴くことは、私にとって、いつでも恋をした女の子のことを知る手段だったのです。私はいつでもピザ屋の彼女になりたい女の彼氏になってみたかったのです。

前置きが長くなりました。私の恋愛遍歴はどうでもいいんです。本題に入りましょう。とにかく『無罪』を久しぶりに聴いて、当時必死になって考察した歌詞について語りたくて仕方なくなってしまいました。また、今だからこそわかったこともたくさん出てきました。『無罪』丸々一枚分書きたい気持ちもありますが、人生が終わってしまうので一曲に絞ります。

さて、どの曲にするか。やはりここは『丸の内サディスティック』(以下『丸の内』)でしょう。シングルカットされていないにも関わらず永遠不滅の代表曲かつ大名曲、そして林檎の作詞テクニックや詞の世界観が凝縮されているからです。

今回は3つのバージョン違いを3レイヤー重ねることで、立体的な解釈を試みたいと思います。先にアホみたいな結論を言っておきますと

椎名林檎すごすぎ。天才。

の一言につきますね。

『丸の内サディスティック』3つのバージョン

まずは、解釈に入る前に、3つのバージョン違いを紹介。(シングル「歌舞伎町の女王」のカップリング版もありますが、通常版と歌詞に相違はないのでスルーします。)

①1stアルバム『無罪モラトリアム』収録 通常Ver.(以下通常版)
最もよく知られている、いつものやつです。

歌詞
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=65571

②非公式デモテープ "New Way To Fly" Ver. (以下デモ版)
正式リリース前のデモが流出したもの。コンプラがアレなのでリンクは貼りませんが、”New Way To Fly” ”椎名林檎"で検索すれば、すぐ見つかると思います。(もう時効だと思いますが、私が高校生だった当時は、某ソフトでゴニョゴニョしなければ手に入りませんでした。懐かしいですね。)
『丸の内』の原型はデビューする前のイギリス留学中に書かれたそうです。当時本人が傾倒していたと思われる、イギリスのオルタナバンド、Stone Temple Pilotsのリリックを一字一句違わず引用してきて、コラージュ的に組み合わせることで、歌詞が出来上がっています。(3rdアルバム"Tiny Music.Songs From The Vatican Gift Shop"収録の以下複数曲から引用)

歌詞 
"Tumble In The Rough"
 https://www.azlyrics.com/lyrics/stonetemplepilots/tumbleintherough.html
"Adhesive "
https://www.azlyrics.com/lyrics/stonetemplepilots/adhesive.html
"Seven CagedTigers"
https://www.azlyrics.com/lyrics/stonetemplepilots/sevencagedtigers.html

このアルバム自体が伝説のバンド、ニルヴァーナのフロントマン、カート・コバーン(享年27歳)の自殺に強く影響されています。歌詞はその後、別物に生まれ変わっていますが、デモ版の歌詞や発想が正式リリースバージョンにも通奏低音的に影響を与えていることには注意しなければいけません。後ほど本論で詳しく説明します。

③4thアルバム『三文ゴシップ』収録 EXPO Ver.(以下EXPO版)
歌詞の大部分を英語に改めたものです。通常版の種明かしかつ、セルフアンサーソング、だと私は考えており、日本語詞解釈の大きな手がかりです。

歌詞
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=A04516

本論

タイトル”丸の内サディスティック”について

営団地下鉄(現:東京メトロ)丸の内線の駅名が歌詞に頻出することから、”丸の内線”がテーマであるのは疑いようがないでしょう。よっぽど思い入れがあるのか、『無罪』のブックレットには丸の内線の路線図が掲載されています。”丸の内OL”および”東京の中枢を象徴する言葉”としても意識されているのではないか、というのが私の考えです。

何がサディスティック=残酷なのか?複数考えられます。
①丸の内線が残酷→転じて東京という街、東京での生活が残酷
②ベンジー(もしくはカート・コバーン)が残酷
③歌詞の主人公自身が残酷(自分を痛めつけている)

結局のところ、どう取るかは聴き手に委ねられています。 

歌詞本文
細かく分解して見ていきましょう。

通常版
報酬は入社後平行線で 東京は愛せど何もない
デモ版
Pass the time kickin' as time rips by
Neither goose nor the gander fly
EXPO版
英訳該当箇所なし

歌詞の主人公は何らかの企業に勤めており、給料が上がらないことの愚痴を言っている。地方出身で上京してきたことが想像されます。林檎本人が実際そうですよね。東京は好きだけど、本当に求めているものは何も見つからない。何を求めているのか?物語が進行するにつれ明らかになっていくのですが、先に言っておきましょう。デモ版のタイトルにもなっている”New Way To Fly(イイぶっ飛びかた)"です(断言)。
デモ版の英詞(繰り返しますが、この詞を作ったのはStone Temple Pilotsというバンドです)は”雌のガチョウも雄のガチョウも飛べない”という意味ですね。

通常版
リッケン620頂戴 19万も持っていない 御茶ノ水
デモ版
Flying high across the plains
Purple flowers ease the pain
Now take a look
EXPO版
Won't you buy me a Ric to play
What I got ain't enough to pay
I’ll play a riff 

”リッケン620”はRickenbacker620というエレキ・ギターの機種名のこと。『ギブス』のMVで本人が弾いています。私もギター弾きなのですが、ビッグアーティストで使っている人、実は殆どいないんですよね。ややマニアックです。中古ならまさに19万ぐらいで買えます。
御茶ノ水は日本最大の楽器店街。給料が少ないので、ギターを買いたくても買えなかったと。
EXPO版の”Won't you buy me a Ric”はジャニス・ジョプリン(享年27歳)の "Won't you buy me a mercedes benz"の引用です。自分で買うのではなく誰かに買ってもらおうとしている。このあたりから性を売って金品を男にねだる水商売女の匂いがしてきます。リフ、というのはギターの1フレーズを指すロック用語。
デモ版は”草原を横切って飛んでいる=ハイになっている”。”紫の花が痛みを癒やしてくれる”というのはそのまま風景描写とも取れますが、なんと!”Purple flowers"=”女性のマスターベーションのスラング”なんです!つまり、後半の歌詞”毎晩寝具(Single)で遊戯するだけ”に言い換えられているんですよね。

通常版
マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ
毎晩絶頂に達しているだけ
デモ版
I'm looking for a new mediation
Still looking for a new way to fly
EXPO版
Plug me into Marshall, I'll blow out your window
And trip my way up to eternal heights

マーシャルは、ギターアンプの最大手メーカーです。また、伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックス(享年27歳)のミドルネームでもあります。アンプ自体は音は出しこそすれ、”匂い”を発するわけではありませんので、そのまま取ると意味不明。”匂いで飛ぶ”という表現から、大麻(もしくはその他のドラッグ)を連想させようとしているのだと思います。また、バンドマン用語として”先に電源を入れたままアンプにプラグを挿すことでスピーカーがぶっ壊れること”を”飛ぶ”と言いますので、そこも引っ掛けていると思います。アンプを飛ばしたらまさに大変さ。ライブハウスの人に怒られます。
EXPO版は日本語そのまま英語にした格好ですが、”Plug me"はアンプにプラグを挿すのと、性的な意味を掛けています。"blow out your window⇒”大音量であなたの窓から飛び出す”とも取れますし、”あなたの窓を口で開ける”というエロい解釈もできます。”blow job=オーラルセックス”ってやつです。

このサビから、歌の主人公にとっての、退屈な東京での日常をぶっ飛ばすために模索している”New Way To Fly=イイぶっ飛びかた”とは、①性行為②大麻③ギターを掻き鳴らすこと、の3通りです。もう、おわかりですね。さあ、皆さんご一緒に。

セックス・ドラッグ・ロックンロール!

丸の内サディスティックのテーマが明らかになりました。

通常版
ラットひとつを商売道具にしているさ
そしたらベンジーが肺に映ってトリップ
デモ版
Don't want any plastic validation
Not looking for a new way to die
EXPO版
RAT and I will lay down and shake out your eardrums
A hit of this distortion makes me high

ラットというのは、エレキギターの音色を歪ませるためのエフェクターの機種名です。ブランキー・ジェット・シティの浅井健一(通称ベンジー)とNirvanaのカート・コバーンの両名が使用していたことからこの曲に登場。ちなみに、ふたりともRATだけを使っていたわけではありませんが、バンドマン界隈に「エフェクターが少ない方が潔くてカッコいい」みたいな思想はあります。このラット(=鼠)をPCのマウスと解釈して、丸の内OLのオフィスワークと解釈するということもできなくはない。

”ベンジーが肺に映る”ですが、前段のマーシャルと同じくバンド関係の知識がないリスナーを煙に巻くことで、マリファナでのトリップを連想させようとしていると思います。大麻は匂いが特徴的ですし、肺に吸い込みますからね。そして”肺=high⇒躁”と”映って=鬱って”で掛けています。後で詳しく書きますが、双極性障害(躁鬱病)で自殺してしまったカート・コバーンの匂いが既にしてきましたね。また、椎名林檎自身が先天性の疾患で肺炎になりやすかったことも、この部分に影響しているのかもしれません。
EXPO版は”RATと私であなたの鼓膜を震わせ、ひれ伏させる。ディストーションサウンドの一撃は私を高ぶらせる”というような意味。

通常版
最近は銀座で警官ごっこ 国境は越えても盛者必衰
デモ版
1番と同じのため省略
EXPO版
Playing cops and robbers 'neath Ginza signs All who chance to prosper shall go blind

この”警官ごっこ”という発想はRolling Stonesの”Cops and Robbers”という曲から取っています。EXPO版にそのまま出てくるので、種明かし、というわけですね。意味的には”普通の仕事を辞めたか、副業でイメクラかコスプレパブ的な水商売を始めた”ということでしょう。”盛者必衰”というのは、銀座の店にはフィリピン人などの外国人ホステスも働いているが、外国人だろううが日本人だろうが同じ実力社会だ、という意味かと思います。もしくはイギリス留学時の本人の挫折感を思い出して歌詞にしているのかもしれません。

通常版
領収書書いて頂戴 税理士なんて就いて居ない 後楽園
青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋
デモ版
1番と同じのため省略
EXPO版
英詞該当箇所なし

夜の水商売、もしくは音楽活動を始め、確定申告が必要になったものの、税理士なんてつけてないから面倒でしょうがない、ということでしょう。他に仕掛けとしては”なんてついていない⇒運が悪い”、”乞う、楽園”にも聴こえるということぐらいでしょうか。
後半は”青酸カリ(もしくはその他ドラッグ)を噛んで逝って頂戴=青姦(野外セックス)でイって(オーガズム)頂戴=青い林檎(私)を(あなたに)熟してもらいたい”、のトリプルミーニング。”熟”(熟れる)という漢字は通常”いる”とは読みませんが「青い果物が熟していく」という対比を意識させるために、あえて使っているわけです。

通常版
将来憎に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ
デモ版
So I am looking for a new stimulation
Quite bored of those inflatable ties.
EXPO版
I'll rip into those robes and pursue the Dharma
A Buddhist monk of my own would feel fine 

さあ、いよいよ大詰めに差し掛かってきました。”将来僧に成る”というのは、そのまま取れば”出家して私と結婚して欲しい”ということなのですが、”僧=躁=カート・コバーン”です(断言)。Nirvanaのカート・コバーンは双極性障害(躁鬱病)を罹患していて、躁状態の時にコートニー・ラブと結婚し、27歳の時に若くして自分をショットガンで撃ち抜いて亡くなりました(それがカートにとっての”New Way To Fly"だったのです)。カートとコートニーは『ギブス』の歌詞にも登場しますので、林檎にとっては大事なアイコン、かつヒーロー。カートは敬虔なクリスチャンから仏教徒になったという人で、バンド名も仏教用語の”Nirvana(涅槃)”です。躁になって結婚して欲しい、というのは要するにカート・コバーンと結婚したいという意味です。
二行目の言葉遊びの巧みさに注目しましょう。毎晩寝具(Single)で(Day)遊(You)技す(Kiss)るだけ。日本語詞と英語を掛けるのが本当に上手い。復習ですが、デモ版の”PurpleFlower”=”女性のマスターベーション”でしたね。つまり、”毎晩カート・コバーンのことを考えてオナニーしている”と。
EXPO版は直訳すれば”袈裟を破いて、徳を積んだら、私の僧侶が気持ちよくさせてくれる”なのですが、結局は”カートの服をビリビリに破って犯したい”という意味かと思います。もちろん、カートの存在自体比喩だと考えることもできますので、聴き手にとっての恋愛対象をそれぞれ想像すればよいのです。

通常版
ピザ屋の彼女になってみたい
そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って
デモ版
And I am lookin' for a new rock sensation. Dead fish don't swim around in the jealous tides.
EXPO版
Selflessness and cessation get you Nirvana
It Kurt would beat my Gretsch, I think I'd fly

”ピザ屋の彼女”というのはベンジー率いるブランキー・ジェット・シティの『ピンクの若いブタ』という曲からの引用です。
この知識がないと単に「ピザ屋(男性店員)の彼女になりたい」と誤読してしまうかもしれません。違います。ブランキー・ジェット・シティの詞世界に存在している”ピザ屋に勤めているアバズレ女(ピンクの若いブタ)”になってベンジーにギターでぶん殴られたいという意味なのです。グレッチはベンジーのトレードマークとも言えるギターメーカー。(ちなみに、このコラムの冒頭の写真はちゃんと『ピンクの若いブタ』の歌詞に出てくる”メキシカン・デラックス”にしておきました。)
EXPO版ではついにカートが実名で登場します。無我の境地になれば涅槃(悟り)=Nirvanaに入って、カートが私のグレッチで殴ってくれる!あがる~!という意味です。通常版ではリッケンを買うのにも苦労していたのに、高額なグレッチも手に入れたようです。よかったですね。

まとめ

Expo版ラストパート
I'm looking for a good way to fly 
I'm searching for a way you can't buy
You know I know a kickin' way to die
It's rock and roll, martyrs keep the fans high
Still floating, as time rolls by
和訳 東京事変カバーVer. DVD収録テロップより ※一部()内筆者補足
見付けたいのはイイぶっ飛びかた
そんなの(性やドラッグのように)金で買えるモンじゃない
カッコいい死に方なら周知のとおり
早死にすればロック歌の殉歌者(カート、ジャニス、ジミヘン)決定
ヤバい まだ結構キマッちゃってる

”New Way To Fly(イイぶっ飛びかた)"とは
セックスでもドラッグでもなく
ましてや死ぬことでもなく
ロックンロールである

と結論づけています。

感動的すぎませんか?

椎名林檎自身の決意表明でもあり、私たちへのメッセージでもあると思います。

また、ロックの殉教者達はずっとファンを熱狂させ、キマらせ続けていると、ありったけのリスペクトを捧げています。思わず書いていて泣けてきてしまったのですが、この曲は

若く死んでしまったロックスターたちへの賛歌(ラブレター)

でもあったのです。(既に書いた通り、27歳で死んだ伝説のロックスターを全員ちゃんと歌詞に組み込んでいます。)

デビュー20周年おめでとうございます。こんなにも素晴らしい音楽を届けてくれて、ありがとうございました。

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