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まっすぐに空を仰ごう。日活映画「上を向いて歩こう」

日本人として唯一、「キャッシュボックス」と「ビルボード」で第一位となり、全米レコード協会からゴールド・ディスクを贈られた、坂本九(一九四一~一九八五年)の大ヒット曲「上を向いて歩こう」は、様々な歌手にその後も歌い継がれている:

これを映画化した1962年の日活映画「上を向いて歩こう」より。
併映は裕次郎の「銀座の恋の物語」…って豪華な二本立てだな!

夜に紛れて刑務所を脱走する若者ふたりの姿から映画は始まる。河西九(演:坂本九)は運送店に住み込み、社長の娘:紀子(演:吉永小百合)とその妹で小児マヒの光子(演:渡辺トモコ)と仲良くなる。友田良二(演:浜田光夫)はムショの中から念願していたバンドボーイになる。
方やジャズ喫茶の用心棒でやくざ者の健(演:高橋英樹)は、父に愛を受け入れられず家を飛び出したが、立派な人間になろうと密かに大学入試の勉強を続けていた。

堅気になった/なろうとする3人の若者たちの幸せは、しかし些細な気持ちのすれ違いから、壊れそうになる。
人が帰った後の舞台で良二が気持ちよく叩いていたところ、勘違いから逆上した九はそのドラムを壊し、二人は殴り合いを始める。幼さを残す二人が、カラフルなペンキにまみれて、子供っぽい喧嘩が繰り広げる。
他方で健は健で、わけあって運送店に殴り込み。ドラム缶から破れ出たガソリンにまみれて、真っ黒に汚れて、喧嘩を買って出た泥臭く大人の喧嘩を繰り広げる。

殴り合いでは決着がつかないと、憎しみから凶器に手を伸ばす両者。すなわり、九と良二は割れたビール瓶に、健はナイフに。

あわや「ウェスト・サイド物語」よろしく生々しい殺し合い…となるところ、我らが紀子が、必死に止めて入る。

どうしてそんなに憎みあい、傷つけあうのよ!?
どうしてなのよ!?どうしてなのよ!?
ひとりぼっちだから手をつなぐんじゃないの、胸を張って歩くんじゃないの、寂しかったら嗤うのよ、悲しかったら頑張るのよ!弱い人間だから助け合うんじゃない!一人ぼっちだから愛し合うのよ。

劇中の台詞から引用

正論がインサートする中、九ちゃんと浜田光夫、いつしかふたり、互いに泣きっ面で抱きしめ合う、すまない、すまない…と。方や健は健で、ナイフをポトンと落とす。
同時におこなれた二つの喧嘩の和解がなされたところで、口笛の「上を向いて歩こう」が不意に流れる。 泣かせる。

ラストはもちろん「上を向いて歩こう」の大合唱だ。監督が、最後は明るく前向きにという映画の意図を作詞の永六輔に説明して、歌詞を特別に入れてもらった甲斐もあって、歌が流れる中、働く若者たちの姿が挿入されていく様は壮観。いや、若者だけじゃないぞ、日本全国東西南北問わず一次産業二次産業三次産業津々浦々で働く大人たちが映し出される。そう、これは日本国民への応援歌という気概で作られているのだ。職業に貴賎なんてないんだよ!という非常に前向きなメッセージが、ここにある。
もちろん最後は、1964年東京五輪を迎える国立競技場を横に、坂本九、高橋英樹浜田光夫吉永小百合らメーンキャストが横一列に並んでの大合唱。
映画は、「ハレ」の中に、雲一つなく終わるのだ。

本作、なんといっても坂本九のエド・シーランみたいなどこか子供っぽい、愛くるしい笑顔にカメラの焦点があっているのが良い。中村八大の手のもと編曲された「上を向いて歩こう」のメロディが何度もリフレインするのも、聞かせてやまない。日活タッチとうまくマッチした、非常なエネルギーに満ちた「歌謡映画」の傑作といえるだろう。


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