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仄暗い暴力性の底から。香港映画「カンフー・ジャングル」

爽やかなイケメン、キレのある身体能力、流暢な英語力、独特のカリスマ性。イップマンはじめとする様々な主役を演じ、インターナショナルな活躍をする、最後のカンフー・スターというべきドニー・イェン。
若い頃は B級作品の出演が多く、人気を支えたのは一部のマニアで、ようやく主役級のスターとなれたのは 40過ぎ。同い年のジェット・リーと比べて、遅咲きの俳優だった彼は、ブレイク後は瞬く間にスター街道を疾走。その活躍は皆さんご存じの通りだ。「スター・ウォーズ」に出演してるよ!と前世紀の功夫映画ファンに言っても、絶対誰も信じなかったことだろう。

そんな彼がハリウッド進出前夜、2014年に主演した映画「カンフー・ジャングル」より。

ある武術一門の一番弟子であり警察学校の教官を務めていたハーハウ・モウ(ドニー・イェン)は、他流試合で対戦相手を殺してしまい服役する身。モウは刑務所での生活で改心し、更生の機会を得つつある。
一方で、香港では武道家たちが次々と謎の殺人事件に巻き込まれていく。犯人は自分の技術を示すために武道家たちと戦い、彼らを殺害していく。
警察はこの事件の解決に手をこまねいており、モウは更生の一環として、この事件の解決に協力することになるが…。

功夫映画で肝となるのが、主人公の引き立て役…と言っては失礼だが、拳を交える悪役の存在感。『Gメン'75』の香港空手シリーズならボディビルでパンクアップされた上半身のヤン・スエ。初期ジャッキー・チェン映画なら桃白白…じゃなかった、テコンドーの達人で実は韓国人(!)のウォン・チェンリー。
本作における悪役、連続殺人鬼を演じるは、河北省邢台市の貧しい農家に生まれ嵩山少林寺で武術を身に着けた当時新進のスター:ワン・バオチャン。

韓国映画ばりにざらついた味がするのは、外連味よりも合理性が前面に出たワンのファイトスタイル(および演武指導)によるもの、だけではないだろう。
何といっても、ワンの、偏に、生々しい憎しみと悲しみとを帯びた眼差しが、僕らを射抜いてくる。
「武術とは殺し合いだ。」そう嘯く彼は、演技も見た目も香川照之を更にパラノイアに・偏屈にした感じで、武術に今日の命を賭ける狂気がありありと見える。

名だたる武術家たちを尽く打ち果たすことでドニー・イェンを挑発し、一対一の決闘に持ち込む。手足を鉈のように振るい、爪を立て、武器を持てばねちっこく攻めたてる。方や軽く連打をいなし、一本背負いを腰のバネだけで受け止め、ビルの合間を飛び跳ね追っ手をかわす。そのファイトスタイルは、風林火山のように荒々しい。

「カンフーは殺人技」だと自戒するドニー・イェンは、この「殺人技」だからこそカンフーを肯定する男に翻弄される。
最後、警官の銃の助けがあって、なんとか勝利を収める。

本作にカタルシスはない。現代からはみ出してしまった男、妥協はしない、ワン・バオチャンの執念だけが脳裏に刻み込まれる。往年の功夫映画の熱気、狂気を体現したかのような世界観に、ぞわぞわさせられる映画なのだ。


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