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血みどろのExodus、それが「トランボ ハリウッドから最も嫌われた男」、「栄光への脱出」。

修羅の世界を生きる。 窮鼠猫を噛む。
人間、窮地に立ったら、なりふり構わない覚悟で突き進むことがある。

ビッグコミックで活躍する漫画家・山本おさむが2017年から連載開始している「赤狩り」は、同事件を実録ベースで多種多様な映画人の視点から描写し、現代に「表現の自由」の在り処を問う、骨太な作品だ。

本作の主役の一人が、脚本家:ダルトン・トランボだ。
「ローマの休日」と「スパルタカス」。
シンプルに言えば、トランボの名作は、この二つで事足りる。

むしろ、彼の生き様の方が、はるかに複雑だ。2015年の「トランボ ハリウッドから最も嫌われた男」は、彼の複雑な生涯を、見事に描いている。

我が闘争、「トランボ ハリウッドから最も嫌われた男」

ハリウッド黄金期に一番人気のあった脚本家ダルトン・トランボ。しかし、順風満帆に見えた彼の人生は、一瞬で地に落ちる。当時、冷戦の影響により横行していた赤狩り。トランボはその標的となり、下院非米活動委員会への協力を拒んだという理由で投獄される。釈放された後も、名前を変えることで、秘密裏に「ローマの休日」などの物語を書き続け、二度もアカデミー賞を受賞する。1970年、トランボはWGA(全米脚本家組合)より功労賞を授与され、赦しと反省の大切さを述べ、物語は終盤へと向かう。

本作は実話をもとにした社会派ドラマでありながら、トランボの家族愛・映画への熱い情熱が伝わる真実と信念の物語である。

※2016年7月22日公開作品
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES

<キャスト>
ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン
ヘレン・ミレン、エル・ファニングほか

<スタッフ>
監督:ジェイ・ローチ(『ミート・ザ・ペアレンツ』)
脚本:ジョン・マクナマラ
原作:ブルース・クック(「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」世界文化社刊)

TCエンタテインメント 公式サイトから引用

トランボは、将来を約束された優しいお父さん、順風満帆な男だった。
1947年の赤狩りで、その全てを失う。 孤立無援となる。
便乗して、リアル「リータ・スキータ」というべきゴシップ記者が、大嫌いなトランボを追い詰めるためだけに醜聞を量産する、さらに火は大きくなる。

一番辛いのは、自分が生業とする「映画」の中にすら逃避できないことだ。
当時、本編上映前に必ず挿入されていたニュース映画で「ストを促進する共産主義者」と名指しで直々に糾弾される。上映後、映画館から出れば「過激派」として怒る一市民にジュースをぶつけられる。夢の世界の住人にもなれない。

1950年に収監、得意のペンは取り上げられ苦手な肉体労働を強制される。政治犯ということで、ムショ内でも村八分。時々裸にひん剥かれるのも辛い。
模範囚としての1年を終えて出獄
した後も、彼の苦難は続く。 心ない連中の悪戯は続く。

この逆境を前にして、トランボは不退転の覚悟を決める。 一切の情を捨てる。
彼が立ち向かう術は、書くことだけだった。どんなB級・C級映画の脚本の仕事でも引き受ける。1日18時間労働、執筆に身も心も全てを捧げる。
そのためには、家族の情すら拒否する。誕生日パーティすら「創作には不要」と却下するのだ。

ついていけない と同志たちが弱音を漏らせば、彼はこう反駁する。

Friends? What friends? Who the hell has the luxury of friends? I've got allies and enemies. There's no room for anything else.

IMDBから引用

わが闘争。
敵を倒すためには、全てを捧げなくてはならない。その敵とは、自分を楽園から追放したハリウッドの連中だ。自分の名前をエンド・クレジットに記させて、初めて、自分の復讐は完遂する。

「ローマの休日」以降も、彼は暗闇の中で尚戦い続ける。(自身の名前をクレジットに出せなかったからだ。)
そして最後に現れる大物がふたり。
カーク・ダグラスとオットー・プレミンジャーだ。
前者は「スパルタカス」の脚本を依頼し、後者も自身の製作作品「栄光への脱出」の脚本を依頼する。 トランボはこの両方を引き受ける。

光が差した所で、映画は終わる。 トランボの人生はそこから、さらに続く。


さて、「栄光への脱出」。日本では無名の作品だ。しかし、大変な問題作だ。
これは、「ベン・ハー」「十戒」はじめとする、50年代後半から60年代前半にかけて流行した聖書を題材にした史劇大作、もといユダヤ民族の大きな物語のひとつだ(組織動員が見込めるのが、ミソだ)。
この作品が異色なのは、制作当時そう遠くない現代(40年代)を題材にしていることだ。セシル・B・デミルやウィリアム・ワイラーら、生馬の目を抜くハリウッド映画人すら尻込みした、生々しい題材:イスラエル共和国建国の神話を描く。

血みどろのエクゾダス、「栄光への脱出」

第2次世界大戦後、パレスチナは英国の統治下になり、聖地復興を目指すユダヤ人のパレスチナ移住が始まった。だが英国は彼らを捕まえて途中のキプロスへ送り込む政策をとった。脱出船“エクソダス号”は、パレスチナの入国許可を求めてキプロスの港を離れた……。

アリ…ポール・ニューマン
キティ…エヴァ・マリー・セイント
サザーランド…ラルフ・リチャードソン

監督・製作:オットー・プレミンジャー
脚本:ダルトン・トランボ
撮影:サム・リーヴィット
音楽:アーネスト・ゴールド
●字幕翻訳:金田文夫

20世紀フォックス ホームエンタテインメント 公式サイトから引用

第一次世界大戦後、オスマン帝国に代わってエルサレムを占領統治したのは、大英帝国だった。当初パレスチナへのユダヤ人移民に積極的だったイギリス。
しかし、「我が闘争」の男率いるナチスの台頭で民族の運命が危急存亡にあった1939年に突如方針転換、移民を制限する。これには「何を今更」とアラビア人は元より、ユダヤ人も反撥する。

第二次世界大戦中は「同じ敵」として対ナチスで共同戦線を張ったユダヤ人とイギリスは、しかし終戦後、たもとを分かつ。
「エルサレムをユダヤ人のものだと、認めろ。」
イギリスに対して、過激な闘争を開始する。
肥沃な土地:イスラエルめぐる物語だが、ここに「建国神話」と嘘偽りなく称えられる美しい歴史などない。血みどろの戦いを描くのだ。(そして建国後のイスラエル軍には、これらレジスタンス幹部が多数将校クラスで参加している。)

本作、基本群像劇なのだが、中でも重要な役割を果たすのがアリだ。
自らの土地を勝ち得るには不退転の覚悟が肝要と、アリは、周囲を扇動する。 
勝利のために情けを捨てよと。 「死ね」と。

Ari Ben Canaan:  Each person onboard this ship is a soldier. The only weapon we have to fight with is our willingness to die.
IMDBより引用

この台詞、以後70年間イスラエルと戦い続ける者たちの言葉と、表裏一体を成してはいないだろうか?

アリたちの血みどろの戦いの成果もあって、ついにイスラエル建国が決まる。
友と恋人の亡骸を入れた墓穴を前に、アリが演説をぶって、「俺たちの戦いはこれからだ!」とトラックの縦列が地平線に消えていくところで、映画は終わる。
恐ろしい終わり方だ。


本作そして「スパルタカス」以後、彼は「パピヨン」「ジョニーは戦場に行った」など、自我の強い強烈な男ばかりを物語に描くこととなる。
彼の生き様が投影されているのは、間違いない。


更なる後日談「オールウェイズ 」


1989年、トランボ没して10年経って、トランボが脚本を務めた1943年の『ジョーと呼ばれた男』を元に、スティーヴン・スピルバーグ『オールウェイズ』を製作している。こちらは「ローマの休日」の後日談というべき小編だ。これはまた、別の機会に紹介したい。


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