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第19回アカデミー賞当時最多9部門受賞「我等の生涯の最良の年」_帰還兵の、苦悩。

第二次世界大戦中、アメリカは、「なぜこの戦争が必要なのかを理解させる」ための映画づくりのため、ハリウッドから数多くの人材を動員した。
当時、パン・フォーカスという最新の撮影技術を積極的に導入し、ハリウッドを沸かせていた文芸映画の作家:ウィリアム・ワイラーも例外ではなかった。
戦時中はアメリカ陸軍航空隊に入隊。ドキュメンタリー映画 『The Memphis Belle 』、『The Fighting Lady 』、『Thunderbolt 』 を製作。
しかしその『Thunderbolt 』 の撮影中に、風圧とエンジン音で右耳の聴力を失うこととなる。

余談だが、1990年の映画「メンフィス・ベル」は、この『The Memphis Belle 』を元ネタに製作されており、彼の娘であるキャサリン・ワイラーがプロデューサーを務めている。 B-17 フライングフォートレス爆撃機に乗り込んだ若き乗組員たちの群像を叙情的にリリカルに描いた傑作だ。


戦後第一作は、そんな彼の従軍経験が投影されたものになった。

それは、第2次世界大戦の大量破壊や殺戮をくぐりぬけた男たちの虚脱状態、社会復帰の不安、戦争の傷痕 を如実に示す物語だった。
The Best Years of Our Lives.   戦争帰りの男たちのものがたりだ。

3人の復員兵、フレッド・デリー、ホーマー・パリッシュ、アル・スティーブンソンが、故郷の町へ向かう軍用輸送機に乗り合わせるところで、物語は始まる。
彼らは夜まで語らい、機内で朝を迎える。
ひとりだけ先駆けてそっと起き上がったホーマーが窓越しに見つめる朝日:無言、だが顔に不安がよぎっている。寝入っているふたりにも、同じことだろう。

基地から同じハイヤーに乗り込んで、順々に送り届けてもらう。
戦場で両腕を失くしたホーマーは、家族と婚約者のウィルマに迎えられる。
アルは4年ぶりに家族と再会する。
フレッドは両親に迎えられる。出征前に結婚した妻のマリーは家を出ていた。

この後、3人それぞれが戦争によって変わってしまった祖国での生活に戸惑う姿が、じっくりと描かれる。

アルは、娘や息子が成長していることに驚く。沖縄戦参加の手土産に「サムライソード」「ジャップの旗」を渡そうとした矢先、日本のことを勉強していた息子ロブに、広島に大量破壊兵器を落とした意味を問われ、たじろぐ。
「全て見たんだからパパにはわかるよね?」
パパは「わからない」と答えるしかない。
それが、夫がいない間に下した妻ミリーの教育方針だった。
一悶着あるが、やがてそれを受け入れていく。

フレッドは、マリーを探し求めてナイトクラブを渡り歩き、酔い潰れる。なかなか職が見つからず(見つけても長続きしないことに)憔悴していく。
飛行場に累々と並ぶスクラップ前の戦闘機の間を彷徨うカットが、象徴的だ。
「彼の心の痛みを分かろうとしない」マリーとは疎遠になり、代って、アルの娘優しいペギーと、次第に接近していく。

ホーマーは、「奇異の目で見る」周囲の視線に苦悩する。耐え忍ぶ。
我慢してきた彼の感情が、しかし爆発する瞬間がある。それはフレッドの勤め先のドラッグストアに来店した時だ。
ホーマーの隣の客は、心ない孤立主義者(「モンロー主義」でググろう)。
「枢軸国は共産主義を絶滅出来たのに、我々は英国に利用されてしまい、無駄な犠牲を払ってしまった」「君の両手も君の戦友たちの死も、無駄な犠牲だ」「古き良きアメリカは、参戦したばっかりに滅んでしまった」と平気で言い放つ。
憤慨したホーマー、彼につかみかかる。フレッドはその客をガラスカウンターに殴り倒し、解雇されてしまう。
気分がどん底のホーマー。彼に優しく接するのがウィルマだ。そこで初めてホーマーは「憐憫の目ではなく、彼女が真に自分を愛していること」に気づくことができる。

別れた3人が、数年の間にすっかり変わってしまった世界に、もがき苦しむ。
ピアニストのブッチがマスターを務めるバーに集っては、時に苦難を分かち合い、時に感情をぶつけ合い、それでも、最後は幸せをつかむ。
時代柄、男性中心的なきらいはあるが、それでも「ヒューマニズム」という言葉が似合う、重厚なドラマだ。

フレッド・デリー役 … ダナ・アンドリュース Dana Andrews
マリー・デリー役 … ヴァージニア・メイヨ Virginia Mayo

ホーマー・パリッシュ役 … ハロルド・ラッセル Harold Russell
ウィルマ役 … キャシー・オドネル Cathy O'Donnell

アル・スティーブンソン役 … フレドリック・マーチ Fredric March
ミリー・スティーブンソン役 … マー ナ・ロイ Myrna Loy
ペギー・スティーブンソン役 … テレサ・ライト Teresa Wright

ブッチ役 … ホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael

本作は、モノクロで地味な題材ながら、トーキー時代以降の映画としてかの『風と共に去りぬ』以来という大ヒットを記録。アカデミー賞でも当時最多の9部門で受賞。語り継がれる映画となった。

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