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RIDE ON TIME after time - 山下達郎をめぐる冒険

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 2023年6月9日の金曜日。
 小雨が降る中で僕は、友人の平田との約束を果たすべく、仕事を終えて恵比寿にあるミュージックバーに向かっていた。

 メッセージのやり取りはしていたが、平田と会うのは2年ぶりだった。それでも定期的に会っている唯一の学生時代の友人だった。

 昭和天皇が崩御した年に、大学に入学した僕は、東京で一人暮らしを初めバイトに明け暮れていた。クラスの飲み会や、サークルにも顔をだしたが、付属校や、東京出身者への歪んだ嫉妬と、自分より上か下かを計るようなイケてる自慢会話が苦手だった。人と距離をとり、友達を作らず、バイトの無い日は、趣味の中古レコードを求めて新宿、渋谷、下北沢をウロウロするのが日課だった。

 そんな人付き合いの悪い僕だったが、平田とは3年になってゼミで一緒になった。雑談の中で、音楽が趣味でレコードを集めていると僕が言うと、それ以来、平田からちょくちょく声を掛けてくれるようになった。好きなバンドの話や持っているレコードの話などで盛り上がった。それだけでも嬉しい時間だった。

 平田は東京生まれの世田谷育ちという、僕からすると苦手なスペックの持ち主だったはずだが、何故かうまが合った。付属や私立ではなく、地域2番手の公立高校から浪人して大学に入った境遇は似ていたが、屈折しきった僕に比べて、平田は屈託がなかった。

 音楽の話をしても、知識を自慢するような感じが全くなく、知らない事は知らないから教えて欲しいという言い方に無理がない。服装も髪型も特にめだつ感じでは無く、いつもシンプルで趣味の良いファッションをしていた。
「本当の東京出身者はこういうタイプなのかも知れない」と、僕は平田と出会ってから感じ始めていた。

 ミュージックバーで平田と会うのは、彼から「山下達郎の[RIDE ON TIME』の最新リマスター版が発売されたので、レコードを一緒に聞かないか?」というお誘いのメッセージがあったからだ。

 山下達郎の熱狂的なファンである平田は、リマスター版が出る度に高、級アンプのある恵比寿のミュージックバーの店長にお願いして聞き比べをしているという。

 僕もレコード収集が唯一の趣味で財産だったが、平田のように同じアルバムをリマスターごとに聞き分ける趣味は無かった。ただ、そのアルバムが「RIDE ON TIME」と聞いて心が動いた。
 1980年にリリースされたタイトル曲「RIDE ON TIME」。最初に聞いたのは小学校高学年の頃だった。おそらくテレビCMだったと思うが、今まで聞いていた音楽と全く違うものだと感じた。そのサビを耳にすると、憧れと不安のある大人の世界を垣間見た気がし、今まで(小学生にすぎないが)ちょっと感じたことない、心が浮き立つような気持ちになった。
 当時はレコードは買えなかったが、山下達郎「RIDE ON TIME」は、たまたま流れていラジオ、街や店内のBGM、テレビでも数限りなく流れた。歌っている歌詞の世界は分からなくても、何か大事な事を伝えてくれているような気がしていた。


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