「アマンディールの見る夢」

こんな夢を見た。

どこなのだろうかそこは。
岩ばかりだがまるで次元の狭間。魔への入り口。そんな風へと見える。
そこには500mほどの間隔を空けて5箇所に腕の通るくらいの穴がある。
不思議とルールは決まっていた。この穴を聖と魔が奪い合う。
陣取り合戦のようなルールが。
穴に戦士が腕を通して抜くか、彼らの使い魔が入り込むと、
少しの間が空いて……穴は悶えて例えば聖の支配下となる。
そうすると穴は柔らかくかすかに黄身がかった砂のような物に
包まれた姿になり、同じ薄金色の羊をゆっくりと生産し始める。
それが使い魔だ。闇は肉のない、暗い紫の炎に覆われた骨の羊を産む。
使い魔達は等間隔の列になり、次の穴を目指す。
戦闘のさなかも、巻き込まれて眼前の羊の首が吹っ飛んでも。
ただただ穴へと列は歩いていく。
そう、本当は聖は聖とも、魔も魔ともは定まってはいないのだ。

今宵も。宵かすら分からない淀んだ闇の中で戦いは始まる。
1体の悪魔が。覆面こそ被らずドクロ頭をむき出しにしているが、
忍者のように長大なナイフを両手に構え、
ほうぼうが裂け広がって波動のようになった黒い衣を纏っている。
その向かいには、柔らかい光を背に受けながら。
仮面を着けた、中世の貴族のような落ち着いた赤色の服を纏った男が、
腰に細剣を下げリボルビングの連射式の長銃を背に負っている。
その横には、全身を厳しいフルプレートの甲冑に包まれた男が
黙って立っている。同じように柔らかい光を受けていても、
彼の鎧がどす黒く塗り潰されているのは明らかだった。

魔が1人、足りない。
その場には1本の槍が刺さっていた。穂先はこぶしほど幅が広くまた長かった。
その両脇に小ぶりな斧と鎌のような装飾の刃が着いていた。
つまりこれは槍なのだろうか? 鎌なのだろうか?
貴族の男はその槍を引き抜くと、ばっと、脇にあった闇の穴に突っ込んだ。
手応えが、あった。槍とともにずるりと、小さな鎌が頭蓋骨に突き刺さって、
もう1人の悪魔がひっぱり出されてきた。
邪悪な魔法使いのような汚らわしい色の、ひじまでの長さのローブ。
フードは被らず、やはりドクロ頭を晒している。
そして、全身の……骨にぴっちり吸い付いた黒いスーツ。まるで道化師だ。
引きずり出されながら「悪いね、わざわざ引っ張り出してもらっちゃって。」
少し陽気な声でそう言った。もっともドクロの顔では笑っているかなど皆目わからなかった。
彼が、アマンディールだ。

役者は、揃った。何の作法も無く彼らは殺し合いを始める。
その場から一度、皆飛び去った。アマンディールだけを残して。
間もなく鎧の男と黒衣の悪魔は切り結び始めた。
ミシン糸が交錯するかのような密度で、鎧の男の2本の長剣と
黒衣の悪魔のナイフが絡み合う。
そんな剣戟の音をアマンディールはぼんやりと、
槍を杖にするようにもたれて座って浮き眺めていた。
この終わらない戦いの連続に、彼はとっくに飽きていた。
元来人間にも、魔族にも、その悲しみに興味は無かった。
怒りも、憎しみも、その生涯にさえも興味は無かった。
それは畜肉を割くような物なのだろうか。

突然、そんな彼を光の鎖が縛った。高台へと引き寄せられる。
鎖の端を握っていたのは仮面の貴族だった。
覚えているかと言わんばかりに、彼は仮面を脱ぎ捨てた。
そう、彼の記憶は混濁しているのだ。
もう何度破れたか、何度切り捨てられたか。
そういう記憶が混濁している。まだ初戦だと錯覚している。
一方で前戦の対策をしていたりとぐちゃぐちゃだ。
彼は銃を構えた。
鎖にからまれつつもアマンディールは、鬱陶しそうに
彼へ槍で切りかかった。
だが銃弾がアマンディールを貫いた。あらぬ方向から。
そこにはもう一人。緑色の服を着たこれも貴族らしい男が立っていた。
戦い慣れていない。怯えた目をしている。
手元の銃はレバーアクション式。赤い男より後の時代だ。
明らかだ。そう、赤の男は彼をそそのかしたのだ。
彼は言葉のままに、しもべのようにこの無限地獄へと降りてしまったのだ。

銃は連射され、弾丸はアマンディールの骨身を砕いていく。
冷え着いていたアマンディールの心に焦りが生じ始める。
だが槍が、深く突き出せない。
鎖に縛られたまま、アマンディールは緑の男の指を狙い
それを切り刻もうとする。
事実、指は何本か宙へ飛んだ。
だがここでの問題は肉体ではなく精神だった。
銃は手を離れて動き続ける。永い時間を、狂った機械のように。
アマンディールは届かぬ刃と共にうごめいていた。

ガチリ! という音とともに、遂にアマンディールの首の骨が砕けた。
頭蓋骨は吹き飛び、コッという軽い音を立てて地に転がった。
そして彼の身体はどさりと崩れ落ちた。
剣を抜きながら、赤の男はそれへゆっくりと歩いていく。
頭蓋骨を足蹴にして、何かを言おうとした。
だが、言葉は出てこなかった。
かつて何かを愛していた。かつて何かを奪われた。
その記憶はとうの昔に擦り切れていた。
その動揺を振り払うように、彼は再び怒りを顔に表した。
下向きに剣を構え、振りかぶった。
そしてーーそして不意に赤い男の胸から鮮血が噴いた。
アマンディールの身体が、動いている。槍の穂先が男の胸を背中から貫いていた。
剣を取り落した男は、胸元の槍の穂先を両手で握りしめた。
そして憎しみを込めた表情で、背後のアマンディールを睨みつけようとした。
その姿勢のまま、動かなくなった。
身体は、灰のように崩れていく。
後は、そこでへたり込んでいる緑の男だ。
絶望し、声にならない声を必死に出そうとする男。
アマンディールはつかつかと近寄り、一思いにその首を刎ねた。
小癪な真似を二度としないように。

この、ゲームのような催しの勝敗はどうなったのだろう。
そんな事には毛頭興味が無かった。
運動は、もう十分だ。
再びアマンディールは次元の裂け目へ閉じこもった。
そこでは優しい歌が流れる。
彼をなだめやすらがせる歌が。
眠っているアマンディールの耳にだけ。
そんな夢を見ていた。


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