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ウィル・スミスの平手打ちと「虚構の敗北」について

昨日(3月29日)、有楽町のSAAIで「2022年、アカデミー賞から世界を読む」と題したトークセッションに参加してきた。出席者は僕と朝日新聞の藤えりか記者、そして映画評論家の森直人さんの3人だった。そして会場ではやはり、ウィル・スミスがクリス・ロックを壇上で平手打ちした事件が話題の中心を占めてしまった。進行役を務めていたコメディアンのクリス・ロックが、スミスの妻ジェイダの頭髪を揶揄するジョークを発したところ、スミスが激怒して壇上に躍り出たのだ。最初に断っておくが、僕はこの「事件」そのものには、あまり関心がない。クリス・ロックはあのような冗談を口にするべきではないし、ウィル・スミスは他の抗議方法を取るべきだった、くらいの一般的な感想しかないし、事件そのものはその程度のことでしかないと思う。

にもかかわらず僕がこの事件を重要だと考えるのは、こうしてウィル・スミスの平手打ちが一瞬で世界中のタイムラインを席巻したことが今日における映画の、というか創作物の、虚構の置かれた状況を体現しているように思えたからだ。今回のアカデミー賞の話題がこの「事件」に独占された結果として、肝心の受賞した(しなかった)作品についてほとんど話題に登らなくなっている。この「状況」が僕は今日における映画/創作物/虚構の劣勢を証明しているように思えるのだ。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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